口に広がる味はひと月前にヘンリーがご馳走してくれた手料理そのままで、自然と口元が緩む。――学生の頃、ヘンリーは料理が大の苦手だった。塩少々ってアバウトすぎなのよ! と料理本に向かい怒鳴っていたことも、薄力粉がなにかわからなかったことも知っている。けど、冗談半分に、僕が誕生日に手料理が食べたいとリクエストをして、彼女は驚くほど料理の腕を磨いたのだ。

「ねえ、ヘンリー」
「はい?」
「店が終わったら、時間はあるかい?」
「ふふ、口説かれてるのかしら? 残念ながら、時間はないわ。あったとしても、ダーリンに怒られるから誘いには乗れないの」
「いつもそういうけど、君に男の影なんてないじゃないか」

 耳に入り込んできた会話に口元が引きつるのを感じる。

「映画のチケットを手に入れたんだ。それを観るだけでも駄目かい?」
「あなたならもっと素敵な人を誘えるわ」
「ヘンリーと行きたいんだ」
「ふふ、気持ちだけ受け取っておく」

 ヘンリーと会話をしているのは僕ではなく、スーツを身につけた小綺麗な男だ。慣れたように誘いを断るヘンリーは、こうした誘いをよく受けるらしい。目鼻立ちがよく、愛嬌のあるヘンリーは学生の頃から人気があり、これくらいで嫉妬をしていたらキリがないことは知っている。……だが、面白くないものは面白くない。ちょっと悪戯をしてやろうと、懐から杖を取り出す。僕の動きに気がついたジョージがニヤリと笑い杖を握る。
 ジョージとアイコンタクトをしてタイミングを見計らい、足がもつれて転んでしまう魔法をかけようとすると――体中から力が抜けていき、座っていた椅子からずり落ちた。

「あなたたち、魔法を使おうとしたでしょう?」

 ガッターンという倒れる音に慌てて駆け寄ってきたヘンリーだが、すぐに呆れたような顔をして僕の腕を引っ張り助け起こす。

「この店で魔法を使うとそうなるのよ。……はあ、もう。ロナウド、彼が私の恋人よ。ガールフレンドを口説こうとした人に魔法を使うような男なの。だからもう、私のことは諦めた方が賢明だわ」

 キッパリと言い切ったヘンリーは、僕とジョージを椅子に座らせてから来店した客に挨拶をしに行ってしまう。放置されたロナウドと呼ばれた男は、切なそうに目を細めてから己の手のひらに視線を落とす。口説き落とす自信があったのか、本気でヘンリーを好きだったのか、とても悔しそうな表情をしていた。

130319
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