今年も大変な一年だったと辟易した体を引きずり帰った私を出迎えてくれたのは随分と背の高くなった幼馴染みだった。可愛いともてはやされていた顔は男らしくなっていて、声変わりをしたのか随分と低い声で私の名前を呼ぶ彼は本当に私の幼馴染みのヘンリーなのだろうかと疑うも、昔のままの笑い方や仕草に、少しだけ安心を覚える。

「随分と成長したわね」
「ああ、ここ一ヶ月で五センチは伸びたからな。おかげで体が痛いったらねえ」
「男の子って大変なのね」

 ここ数年でだいぶ家具が変わってしまったヘンリーの部屋のベッドに腰を下ろし、お互いの近況を話し合う。
 もし私がホグワーツに行くことがなかったらヘンリーとこんなことを話すことはなかっただろうと考えるとなんだかおかしくなって笑みを零し、不思議そうな顔で私を見るヘンリーに感じたことを伝えようとしたとき――扉が壊れそうな勢いで開いた。

「ヘンリー!」

 黒い長髪を揺らす女の子が笑顔でヘンリー目指し突進していく。「げ、リアン」とヘンリーが顔を歪めた途端、ヘンリーはベッドに押し倒された。
 女の子が押し倒すなんてはしない! そう怒鳴るつもりだったのだが、なぜか声が掠れて言葉が続かない。代わりに涙が溢れてきて、ぐちゃぐちゃになっているだろう顔を見られたくなくて二人に背を向けベッドから立ち上がる。

「私、帰るわ。お邪魔みたいだし」
「え、ちょ……ハーマイオニー」
「さようなら、ヘンリー」

 大きく開かれたままの扉に向かおうとすると、女の子の拘束から逃れたらしいヘンリーに腕を掴まれた。その手を払おうとしても、予想以上に強い力で掴まれていていくら私が頑張っても外れそうにない。

「離してちょうだい。彼女が見てるわよ」
「か、勘違いだ!」
「なにどもってるの。私に言い訳する必要ないでしょうに」

 私の言葉に間違いなどないはずで、けれど自分の言葉に傷ついている私がいるのも確かだった。

「もう一度言うわよ。離してちょうだい」
「嫌だ」
「…………」
「泣いてるハーマイオニーを放っておけるわけないだろ」

 なぜ私が泣いていることがわかったのだと思わず振り返ると、大きな手のひらに頬を包まれた。優しく目元をなぞるヘンリーの親指がくすぐったくて身をよじると、ヘンリーの後ろからおかしそうに笑う声が聞こえてくる。その声でリアンの存在を思い出し、思わずヘンリーを突き飛ばした。

「うおっ……!」
「あ……ごめんなさい」

「ふっ、あはははは!」

 ヘンリーと私を交互に見て、腹を抱えて笑いだしたリアン。

「リアン、人の顔を見て笑うのは感じ悪いぜ」
「ご、ごめ……ふはっ。ハーマイオニーがすっかり誤解してるから」

 目に涙を溜めて笑っているリアンの言葉に、本当にヘンリーとリアンは付き合っていないのだろうと理解した。――否、ヘンリーが嘘を吐かないことを知っていたはずなのにパニックになった頭が都合悪くそれを忘れさせたのだ。
 安心が胸を広がり――なぜこんなに安心しているのだろうと首を傾げる。幼馴染みを取られて寂しかったのかもしれないと仮定するも、しっくりこない。

「僕、男だから」
「…………え?」

 悩んでいるときに投下された言葉に目を丸くしているともう一度同じ言葉を繰り返された。お、と、こ。区切るようにして告げられた言葉を上手く消化できずにいると、ヘンリーが私の肩に手を乗せる。

「まあ、そういうことだ」
「え、えええ?」
「リアンは正真正銘の男なんだよ」
「男!? お、女の子にしか見えないわ……」
「俺も初めて会ったときは制服着てるにもかかわらず間違えたな……でも、俺が女の子として好きなのはハーマイオニーだけだから」

 そう言うヘンリーの目は真剣で、ゴクリと喉を鳴らす。

「ヘンリー……」
「……ハーマイオニー」

 視線が、絡む。

「あなた、女友達が他にいないの?」

 ヘンリーの行った学校は確かに共学だったわよね、と続けようとすると、全身から力が抜けたかのようにヘンリーはその場に座り込んだ。またおかしそうにリアンが笑いだすのを背に(リアンは笑いの沸点が低いみたいだ)、慌てて顔を覗き込むとヘンリーは拗ねたように唇を尖らせていた。

120721
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