ゆるり、ゆらり1 始めは、目の錯覚だと思っていた。けれど何度目を擦っても、日を置いても、それは消えない。 「(蝶、かしら)」 セドリック・ディゴリーを囲うように漂っているソレは頻繁に見えるものではなかったが、半年に一度くらいの確率で出会っていた。職場の先輩であったり、親戚であったり、はたまた、道で偶然出会ったマグルだろうと関係なしにソレはつきまとっていて、ソレらは日を追うごとに数を増やしていく。 蝶のように翼を羽ばたかせるソレは真っ白な姿をしていて、ほのかに光を放つ。触ろうと手を伸ばすと上手に避けてしまうソレが他の人に見ることはできないと知ったのはいつだっただろうか。 「先生、できました」 意識の飛びかけていた私を現実に引き戻したのは、レイブンクローに所属する小優理、という女の子だった。おゆりさん、という呼び名で同級生に親しまれている彼女はリーダー的存在で……と、いけない。また思考が逸れてしまうところだった。 ゆったりと腰を掛けていた椅子から立ち上がり、小優理の持つ瓶詰めを覗き込む。小優理の持つ薬品は完璧だった。にっこり笑いレイブンクローに五点を与えると「魔法薬学で得点をもらえるの初めてだわ」と隣の女の子と嬉しそうに囁き合う。 「先生、できました」 次に声をかけてきた生徒が誰かということは、視線を動かさずともわかった。真っ白な翼を優雅に動かすソレが視界に入ってきたのだ。不自然にならないよう気をつけながら顔を動かすと、やはりそこにはセドリックがいる。 「合格。上出来よ」 「ありがとうございます」 「ふふ、今度の試験もこの調子で頑張ってね」 試験というのは、勉学の力量をペーパーや実技で試すそれではなく、三大魔法学校対抗試合のことだ。 ウインクを一つすると、セドリックは初々しく頬を赤らめ、それをからかうようにセドリックの頬をつついていると、背後にある扉が音を立てて開く。室内にいるハッフルパフの生徒、レイブンクローの生徒の視線が集まる先に現れたのは、本来この授業を進行するべきセブルス・スネイプ教授だった。 学生時代からの知人であるセブルスに軽く声をかけると、彼の眉間に皺が寄る。 「そんなにしかめっ面してると、眉間の皺が直らなくなるんだから」 「うるさい。……もう我輩は戻ったんだ。君も本来の仕事に戻りたまえ」 「いやよ。仕事より、教師をしてる方がよっぽど楽しいんだもの」 私はこの学校に魔法省の一員として三大魔法学校対抗試合の下準備のために訪れたのだが予想よりはるかに簡単な作業に飽きてしまい、とても忙しそうにしていたセブルスの代役を申し出てこの場にいるのだ。 「ねえセブルス、ここの生徒はとっても優秀ね。私たちが学生のときはもっといい加減だったわ」 「それは君だけだろう。毎日くだらないことにばかり精力を注ぎ込み……」 「くだらないことなんてしていないわ」 「腕をゴムのように伸ばそうとして、伸びた腕が戻らないと泣き喚くのがくだらなくないと?」 「…………若気の至りね」 軽口を飛ばすセブルスを物珍しそうに観察している生徒を見てクスリと笑い、セブルスにもう一度視線を戻そうとしたとき――ゆらり――暗い地下室に映える、あの白い蝶が見えた。 首を回してセドリックを探すと彼は教室の奥の方にいて、彼の周りを飛び回る蝶は相変わらずだけれど、確かに蝶は私のすぐ傍にいたのだ。もしかして私にもあの蝶がまとわりつき始めたのかしら、と首を傾げつつ、また完璧な薬品を持ってきた生徒に得点を与えた。(簡単に得点を与えるな、とセブルスに怒られた) 120720 しおりを挟む/目次 [top] |