if

 三歳児とは思えないくらい意識がハッキリとしているのはなぜだろうか。そもそも、三歳の子どもがこんなに思考をめぐらせることができるのだろうか。見知らぬ男の腕の中で取り留めのないことを考える日々が続く。
 食べる・眠ることしかできない俺にとって一日は恐ろしいくらい長く、退屈すぎて死んでしまいそうだった。

「ヘンリー、行ってくる」

 暇さえあれば俺にちょっかいをかけてくる見知らぬ男――俺の実兄だという、うちはイタチは名残惜しそうに俺の手を離す。
 イタチはアカデミーと呼ばれる学び屋に通っており、忍になるための訓練を受けていた。今日もヤツはアカデミーに通うわけだが、たった数時間の別れをたいそう寂しがっている。外面はそこそこ大人だというのに(同年代と比べれば、だが)中身はてんで子どもだ。
 毎日ご苦労なこった、とイタチを見送った俺は、母親に見つからないよう気をつけながらイタチの部屋に忍び込む。――ここ数日、俺はイタチの部屋でイタチと一緒に就寝していた。普段の俺なら、イタチと一緒に寝ることを拒否しているだろう。それなのにイタチと枕を並べているのには、もちろん理由がある。

「……お。あったあった」

 イタチの勉強机の裏側に固定してある本を引っ張り出す。黒い背表紙の本は、先日イタチがゴミ箱から拾ってきたものだ。
 始めは、この本に興味の欠片もなかった。本よりも、ゴミ漁りをしたというイタチに呆れていた。だが、イタチが本を開いた瞬間、頭上に雷が落ちたのだ。……雷が落ちたといっても、本当に雷が落ちてきたわけではない。それほど衝撃を受けたという意味だ。
 イタチは本の文字に指を這わせて首を傾げていた。どうやら、ヤツに本を読むことはできないようだ。“当然だ”と鼻を鳴らしたのは俺だが、なぜ当然だと思ったのかは不明である。――そして、なぜ俺が本を読むことができたのかも不明だ。見たことのない形をした文字だが、イメージが頭に流れ込んでくるかのように書かれている意味を理解することができた。とても不思議な感覚だ。だが、嫌な感覚ではない。

 俺は黒い背表紙の本にとても興味を持った。しかし、イタチは解読をすると言ってこの本を譲ってはくれない。イタチから本を盗むことは難しく、また、イタチが解読できない本を「読める」と言うのは賢くないと理解していた。もしそんなことを言えば、イタチの性格からして、本の内容を教えろと迫ってくるだろう(イタチは不思議を解き明かさないと気が済まない質である)。それは、駄目だ。イタチに本の内容を教えるわけにはいかない。
 なぜ教えたくないと思ったのかはわからないが、イタチと行動を共にすることにより、黒い背表紙の本に触れる機会を増やした。イタチが家にいるときは、本を解読するイタチの膝に座り。イタチがアカデミーに行っているときは、母親の目を盗んでこっそりと。そうしてコツコツ読み進め……後五ページで、黒い背表紙の本を読み終える。

「世界を終わらせる方法」

 一ページを使い堂々と書かれている表題。それを捲ろうとしたとき――

「ヘンリー?」

 ビクリと肩が跳ね上がる。手に持っている本を隠すことも忘れて固まる俺に、ゆっくり近づいてくるのはイタチだ。ヤツは確かにアカデミーに向かったはずなのに、なぜここに。

「そんなにこの本を気に入ったのか?」

 呆れの混じった吐息を吐き出すイタチは俺の手から本を抜き取る。大切なものを扱うように優しくページを捲るイタチの目は俺に向けられていた。視線を彷徨わせ、そして、観念する。喉から手が出るくらい黒い背表紙の本が欲しくてたまらないのだと言うと、イタチは少しだけ表情を緩めて俺を抱き上げた。

「ヘンリーは、この本が読めるのか?」
「……いや」
「この本が読めるんだな?」
「…………」
「この本が、読めるんだな?」
「……………………ああ」
「そうか」

 イタチの手が頭に乗りくしゃりと髪を撫でられる。まるで、悪いことをした子どもが「ごめんなさい」を言えたときの対応だ。子ども扱いするなとはいわないが(実際俺は子どもだ)、無性に腹が立つ。不快感を隠すことなく、イタチを睨みつけた。
 睨みなど痛くも痒くもないという顔をしているイタチは、体の脇に挟んでいる黒い背表紙の本を俺に握らせ「無くすな」と言う。一瞬ヤツがなにを言っているのか理解できなかったが、本を譲ってくれるのだと気がつき、目を輝かせる。態度を一変させた俺を見て、イタチはクツクツ喉を鳴らした。

130211
目次/しおりを挟む
[top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -