15 妙なまでに清々しい気持ちで目を覚ました俺に声をかけたのはヘンリーだった。目に包帯を巻きつけたヘンリーを見た瞬間全てを悟ったのは、兄弟だからだろうか。最後に見た時確かにヘンリーは万華鏡写輪眼を開眼していて、恐らくヘンリーの瞳が埋まっている目元を手のひらで覆う。……こんなことを、望んでなどいなかった。ガンガン頭に響く痛みは精神からくるもので、体はすこぶる好調だ。 「おい、聞いてるのか」 「…………なぜ知っている?」 「は?」 「万華鏡写輪眼のことだ」 自分の目元を人差し指で叩いて見せるも、今のヘンリーに光はないということを思い出して手を下ろす。そんな俺の行動を嘲笑うかのように鼻を鳴らしたヘンリーが、質問に答えることはなかった。眉を寄せる俺が見えているかのようにまた笑ったヘンリーは、俺があえて避けていた話題を口にする。 「俺の目の使い心地はどうだ?」 「…………」 「いらないなら、返してもらうぜ」 「…………止めろ」 俺に近づくヘンリーを手で止める。俺の動きを感じ取ったのか、足を止めたヘンリー。この目を返せるものなら返したいが、移植したばかりの眼球を取り出し、再びその機能を持続するのは難しいだろう。ちゃんと知識のある者なら問題ないのかもしれないが、後処理の仕方からみてヘンリーが再び眼球の神経をつなぎ合わせることは不可能のように思う。ヘンリーの一部を壊してしまう可能性があるなら、このままでいる方がずっといい。 俺の心情を察したのかヘンリーは満足げに笑う。それが不愉快で、ヘンリーの額を指で小突いた。 「なにするんだよ」 「目に、痛みはあるのか?」 「いや。むしろ視覚がなくなって、神経が研ぎ澄まされてる」 口角を上げたヘンリーは踵を返し、少し離れた位置に転がっている布の中から一冊の本を取り出す。黒い背表紙の本を開いたヘンリーは、まるで文字が見えているかのように紙の上に指を滑らせた。 視線を下に落とし、自分がベッドに寝ころんでいることに初めて気づく。重い体を起こして床に足をつくとひやりと冷たく、石で作られた部屋を一瞥してからヘンリーに近付くと、ヘンリーは俺を見ることなく片手で印を組み、火遁の術で本を燃やしてしまった。 本を触る手つきはとても優しくて、てっきり大事な本だと思っていた俺は目を見開く。炭になった残骸を視界に映し、燃やしてよかったのかと問うと、ヘンリーは吹っ切れたように笑った。 「俺には必要なくなったんだ」 121110 目次/しおりを挟む [top] |