12

 頬に鋭い痛みが走る。重い瞼を持ち上げ目だけを動かす俺を殴ったのは、カカシ先生らしい。目を覚ました俺を見て安堵したカカシ先生を睨もうとした時、慌ただしい足音とともに部屋の扉が開かれた。寝起きの頭に響く騒音に眉を寄せるも、現れた男が口にした名前に目を見開く。イタチと、確かに発音したのだ。フラッシュバックしていくモノクロ世界の出来事に頭を抱え、心配したように伸ばしてきたカカシ先生の手が触れる前に地面を蹴る。イタチに会わなければ、ならない。

「イタチ!」

 こんなに大きな声を出したのは、生まれて初めてだと思う。少なくとも記憶にある限り初めて出した俺の怒鳴り声に、その場にいる全員が反応した。驚いたように目を見開き俺の名を呼ぶナルトに目を向けることなく、イタチとの距離をつめる。
 伸ばした両手で乱暴にイタチの襟首を掴んだにも関わらず、イタチも、イタチの隣にいる男も身じろぎ一つしなかった。俺と同じ目をしているイタチは、無表情で俺の名前を呼ぶ。サスケと。

「ヘンリーって、呼べよ」

 呼び方にこだわりなどないが、無意識に口から零れた言葉にイタチが震えた。記憶が戻ったのかと問うイタチに首を振ってみせると、イタチは残念そうな、しかし、安堵した表情をする。

「俺がうちは一族を全滅させたことは知っているか?」
「ああ」
「俺が、憎いか?」
「…………ああ」

 肯定を望むような表情をしていたのに、目の前のイタチという男はひどく傷ついたように瞳を揺らす。けれど、それは見間違いかと思うくらいの一瞬の出来事で「なら、俺を倒してみせろ」と感情のこもらない声で言ったイタチは背を向ける。
 今にもこの場を去ろうとしているイタチの装束を掴み、抵抗なく振り向いたイタチの耳に唇を寄せた。俺が囁いた言葉に大きく目を見開いたイタチは、少しだけ、ほんの少しだけ口元を緩め、俺の額を小突く。まるで催眠術にかかったかのように眠気に襲われた俺は、崩れるように床に倒れた。



 ひどく気怠い体を起こすと先日火影になったという女が俺に近づいてきた。俺の額に手をかざしチャクラを流し込んだ女は、大きく息を吐き出しながらパイプ椅子に腰を下ろす。
 女に興味がわかず窓の外に視線を移そうとすると「無視するんじゃないよ」と肩に手が乗る。窓のすぐ脇に生えている木から小鳥が飛び立つのを見送り、それから女に視線を移すと、女は呆れたような顔をしていた。どこまで他人に興味がないんだいと髪を掻き上げた女に言葉を返すのすら面倒に感じ無視を決め込むも、イタチという単語に思わず反応してしまう。ようやく俺が反応したことに満足したように女は笑い、もう一度同じ言葉を繰り返す。

「イタチが……自分の一族を皆殺しにした男が、そんなに憎いのかい?」

 哀れむような眼差しに変えた女の言葉に俺が頷くことはなかった。
 うちは一族はもちろん、自分の親が死んだことを嘆いたことなどない。顔も知らない人間に構う余裕など俺にはなく、例え余裕があったとしても“どうでもいいこと”なのだろう。俺の真意を探るように目を動かす女は、暫くして諦めたように息を吐く。そして、ようやく本題を切り出す。
 記憶を巻物に例え、女はわかりやすく説明した。記憶喪失というのは、巻物の在処を忘れる、もしくは巻物の在処へたどり着く道が閉ざされてしまうことだと言い、それを探す手伝いをイノイチさんがしたのだと言う。それにくわえ、巻物はどんな危害があろうと、滅多なことでは失われないことも教えてくれた。そう、巻物が破られてしまうケースは、記憶喪失の中でも極稀なことだと。
 結論を促すように女に目を向けると、俺の記憶が戻ることはないと断言された。俺の記憶を纏めた巻物は、少しの断片を残し、全てを破られてしまったのだ。

「修復しようと努力はしたんだがね」
「……お前は、俺の記憶を見れたのか?」
「? 記憶の根本がなくなっているんだ。見ることは、できんよ」
「なくなったのは全部じゃねえんだろ? なら、断片でも見たんじゃねえのか。例えば――イタチが木の葉の命令でうちは一族を抹殺したこととか」

 滑るように口から出てきた言葉に目を見開く女から視線を外し窓枠に足をかけ、女に腕を捕まれる前に飛び降りる。木の葉の命令だろうと、自分の意志だろうと、イタチが抹殺したうちは一族のことなどどうでもいい。それより俺は、しなければならないことがあった。

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