2.5

 イタチに連れてこられた場所は、石造りの家だった。家と言うにはあまりにも貧相で、洞穴という表現の方が近いかもしれない。拘束は解かれ、手足が自由になっても動こうとしないのは、体がすっかりやる気をなくしてしまったからだ。
 この日殺されることを長年待ち続けたというのに、イタチは一ミリですら俺を傷つけてはくれなかった。胸を這い回る複雑な感情を消化することができず、唇を噛む。唇から垂れてきた血を舐めとろうとすると、イタチの手がそれを止めた。

「自分を傷つけるのは、止めろ」

 布を傷口にあてがいながら、イタチは優しく囁く。その優しさが俺の神経を逆撫で、行き場のないドロドロした感情が、口をついて飛び出した。

「お前になにがわかるんだ……俺は死ななきゃ、死ななきゃいけねえ人間なんだよ!」

 ボロリ。興奮しすぎたせいで溢れてきた一筋の涙が頬を伝う。それを乱暴に服の袖で拭き去りイタチの様子をうかがおうとすると、イタチの指が俺の額を小突く。
 眉を寄せて不愉快だと呟けば、イタチは小さく笑い、俺から視線を外す。

「死ななきゃいけない人間、か」
「…………」
「俺も、そうなのかもしれない」

 自らの手に視線を落としたイタチは、深く息を吐き出す。腹の底に溜まった重い空気を吐き出し終えたイタチの瞳が俺をとらえ、俺の頬に手を添えた。壊れ物を扱うように両手で俺の頬を包み込んだイタチは、しばらく俺の顔を眺めた後手を下ろす。
 俺から距離をとったイタチは、おもむろに懐の中からクナイを取り出す。きちんと手入れがされているクナイはよく光を反射して、少し触っただけで皮が切れてしまいそうだ。しばらく手の中でクナイを弄んだイタチは、柄をしっかり握り締め、戸惑うことなく己の胸に突き刺した。間違いなくイタチの胸にはクナイが刺さっていて、的確に心臓を貫かれたイタチが生きているはずなどなく――

「お、い……」
「…………」
「嘘、だろ?」

 上手く呼吸ができなくなり、かすれた声で呼びかける。体が心臓になったかのようにドクドク脈打ち、毛穴から汗が噴き出した。感覚の麻痺した足を動かし一歩近づいた時――目の前が暗転する。何事もなかったかのように立っているイタチがそこにはいて、自分が幻術にかかっていたことに初めて気づく。そう、イタチが死んだのは幻術だと理解したが、目を離したらイタチがいなくなってしまいそうで、足が震える。
 数秒無言で見つめ合い、先に動いたのは俺だった。イタチの目の前まで走り、胸ぐらを掴む。一切抵抗をしないイタチの頬を、弱々しい拳で殴った。

「ばっ、かやろ……!」
「すまない。そこまで心配されるとは思わなかった」
「心配なんか、してねえ!」
「……ふっ、そうか。だが、サスケも俺に死んで欲しくはないだろう?」
「…………」
「兄弟とは、そういうものだろう」
「……?」
「兄弟に死んで欲しいと思う人間は、いない」

 イタチの言葉が、胸に染み込み、溶け込んでいく。実の両親を手にかけておきながら血の繋がりを主張するイタチの言葉はちゃんちゃらおかしいが、俺を納得させるには十分だった。イタチの腰に腕を回し、肩に顔を埋める。「兄さん」生まれて初めて口にするその単語に、イタチがどんな反応をしたかを見ることができないのは残念だが、顔を上げる余裕が俺にはなかった。

121024

サスケ成り代わり番外編、とのことで好き勝手してしまいました。
リクエストありがとうございました!
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