ありったけの愛をあなたに(1)


八月。高校最後の夏休み。教室の中は息苦しいくらい暑くて、私を含め自主登校しているメンバーは制服がじっとりと張り付くのを感じながらひたすらにシャーペンを走らせていた。

模試の過去問を解いて解いて、解き続ける。
唯一他の人たちとの違いを上げるとするならば、私の頭にあるのは数学の公式ではなくここから見えるあの体育館にいるであろう、夜久のことだった。
昨日の帰り道で同じクラスの黒尾に声をかけられてから頭がいっぱいになってしまっている。

『苗字、明後日何の日か知ってるか?』
『え?知らない。試合でもあるの?』

隣にいるプリン頭の男の子がこっちを見たと思ったらふいっと目を逸らされた。

『はいザンネーン。でも君には特別に良いことを教えてやろう』

ニヤニヤと口元を緩ませた黒尾がこっそり耳打ちしてきた。
その言葉を理解してバッと見上げると、がんばれよーなんて言いながら手を振って歩いていく。

なんと、やっくんのお誕生日デス

夜久のことをどう思ってるかなんて話した事は一度もないのに、あの男には全てバレていたのかと思うと途端に顔が赤くなった。

後ろの方から「夜久さーん!」と大きな声で彼を呼ぶのが聞こえて条件反射みたいに振り向くと、少し後ろの方に本人がいて目が合った。一瞬声が出なかった。

「苗字。……勉強終わったの?」
「う、うん。夜久は部活だったんだね。お疲れ様」
「夜!久!さああああん!!聞こえてますか!?聞こえてますよね!?何で待ってくれないんですかーっ!?」

ヘロヘロになりながら走ってきた背の高い男の子がさっきの声の主みたいだ。私に気がついてぺこりと頭を下げてくれて私も同じようにした。

「それじゃあまたね?」
「ん、うん。気をつけてな」

誰ですか?彼女? ちげーよ!なんて会話を聞きながらも頭は明後日のことでいっぱいだった。
おめでとうは言いたい。勿論。でも高校生活最後のお誕生日だし何か渡したいとも思う。

特別仲良しってわけじゃないけど、夜久は誰にでも声をかけてくれるからそれなりに会話はできている。
それなのにプレゼントはおかしいだろうか。どうしよう。これって誰に相談すればいいんだろう。
思い浮かぶのはあのトサカ頭で、連絡先を知らない今、できることは一つだった。




「はい回収。後ろから回してー」

先生の言葉で我に返って、どうにか埋められた解答用紙を前に送った。
今日も帰る時間が被ればいいけど、とさっさと帰り支度を済ませて教室を後にした。

体育館にはもう誰もいなかった。
遅かったか、とため息をつくと部室の方から賑やかな声がして恐る恐る足を向かわせた。

「今日は俺、すっごく調子よくなかったですか!?あのストレート!!見ました!?」
「……あの一本だけでしょ。他は全然ダメ」
「レシーブなんてもっとダメだ」
「夜久さん!ひどい!」

「さっさと帰んぞお前らー。ダラダラ着替えんなー」

がちゃりとドアが開いて真っ先に出てきたのは黒尾だった。
私の姿を確認するなり目を丸くしている。ちょいちょいと小さく手招きすると、その後ろから昨日いた灰色の髪の男の子が顔を出してばっちり視線が交わった。

「あっ、昨日の!」
「ど、どうも」
「どうしのお前、こんな……ああ。ふーん?」

私のぎこちない表情で何かを悟ったらしい黒尾は「戸締まり頼むぞー」と言って体育館裏まで歩き出した。


「で?何かご相談ですかね?」

腕を組み、頭だけ壁にもたれかけさせ、明らかにわかっているくせに黒尾がそう言う。

「明日の、ことですが」
「明日ー?んー?何のことデスカー?」
「……夜久の!誕生日のことですが!」

できるだけ聞こえないように小声で言うのが面白かったらしく、クツクツ笑っている。

「悪い悪い。で、アレだろ?何あげたらいいかな?だろ?」
「……そうです」

カーッと顔が赤くなるのが面白いようで笑いが止まらなくなってる。何が面白いんだか!ムカつく!
そうだなあ、なんてわざとらしく顎に手を添えながら天を向いているけど本当に考えてくれているのか信用ならなかった。

「手作り、だな」
「ケーキとか?」
「それもあるけどなんか、しっかり残るモノ?みたいな」

「……それ、黒尾が欲しいものじゃないよね?」

寧ろ、私なんぞの手作りのものなんて嬉しいのか、重くないのか、と考え込むと、「そこは心配いらないんじゃねえ?」と呑気な答えが返ってきた。

「クロ」

控えめに黒尾を呼ぶ声がして顔を向けると、昨日のプリン頭の子がいてやっぱり目を逸らされた。
悪い今行くーと彼に言ってから、「明日もこの時間くらいまで居るから」と小さく教えてくれた。

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