世界は今日も平和なようです
「俺、次付き合うならうちのクラスの川野みたいなのがいい」
体育の授業が終わり、男子更衣室。
唐突にそう言い出したのはサッカー部の谷内だ。
「どうしたんだよ谷内ー。お前彼女いたろ」
「別れたよッ!知ってんだろ黒尾!笑ってんなよムカつくッ!」
「悪い悪い。んで?何でまた川野?」
「可愛いだろー小動物みたいでさ。なんかチワワみたいにきゅるるんとして、うるうるうして、ギューッとしてやりたくなる」
自分の体を抱いてふわふわしている谷内をキャプテンの池田が小突いた。アレはあざとい系女子だ、騙されるな。とみんなが思っていたことを代弁してくれている。
「でも可愛いもんは可愛いだろ?なあ!」
「それよか伊藤だろ。美しいあの黒髪。穏やかな微笑み。マジ尊い」
「それな。でも恐れ多いよ。自分が彼氏になることで伊藤の価値が下がるかと思うといたたまれないよ」
「ネガティブかよ!自信持てよ!」
更衣室は男の熱気と制汗剤の匂いで溢れかえっている。
幸いにも窓際にいる俺は僅かながらに流れ込む外の空気を吸いつつ、ワイワイと騒がしいクラスメートの戯れ言に耳を傾けていた。
「黒尾は?お前美人なお姉さんすげえ好きだろ。伊藤とかもろ好みじゃね?」
「俺?俺はねー」
今度はうちのキャプテンの好みを聞かなきゃならないのか、と思いつつジトッと視線を向けると何故か目が合って嫌な予感がした。
「やっぱうちのマネちゃんですかね」
「ええっ!?苗字!?えっ、どうしようなんかリアル!」
「なかなかいいよー。テキパキ仕事してくれるし、明るいし。うちの後輩たちからもすげー慕われてる。中には本気で彼氏ポジ狙ってる奴もいるし」
……誰だそれっ!?リエーフか!?
すっかり混乱してしまった俺をよそに黒尾はどんどんアイツの良さをあげていく。
優しくて一生懸命で、そしていい匂いがするとかなんとか。
「そんなん彼女になったら絶対尽くしてくれるじゃん!俺ら教室にいる苗字しか知らねーもんな」
「俺、アイツの第一印象は先生のことお母さんって言っちゃう恥ずかしいヤツ」
「あーそれマジ笑った!意外と抜けてんだなって思いつつも正直株上がった」
「わかる」
「そういや去年同じクラスだった奴が苗字のこと言ってたな。顔悪くないし、ちょっと押せば俺でもいけそうとかって」
「はあっ?」
思わず口をついて出た俺の苛立ちは間違いなくここにいる全員に伝わってしまったことだろう。
騒がしかった奴もただ聞き耳を立てていただけの奴も、誰しもがこちらへ視線を向けていた。
しまったと思ったときにはもう遅かった。
「あらあらあら?なに?夜っ久んイライラしてんの?どうかした??」
「え?夜久お前まさか……」
「マジかよ。え?ガチ?ガチなやつ?」
「うるせえええ!寄るなお前ら!あっち行け!黒尾お前はとりあえずそこにひれ伏せ!!」
一瞬にして知れ渡った俺の片思いは今後、五組男子全員から応援されることとなる。
(なんか今日、男子更衣室騒がしかったね?)
(は!?別に!?いつも通りだけど!?)
(夜久!がんばれ!)
(ファイト!)
(お前らああああ!!!)
end.
2017.08.08