そういうわけで、お諦めください。


恒例行事と化しているのは田中と西谷コンビによる『潔子さんを守り隊』。
練習試合で他校を訪れた今回も勿論例外ではなくて、ゲームが終わって休憩中の今もそわそわっとした視線を送る他校の人たちを今にも噛みつかんばかりに牽制している。

潔子さんにファイルで頭をパパン!と叩かれてふわふわしちゃってる二人を少し離れたところからぼんやりと眺めていた。
シューズの紐を縛り直しながら縁下が呆れている。

「ほんっと懲りないよな。あの二人」


一つ上の潔子さんと自分を比べると心底ゲンナリする。
先輩は優しいし美しいし、ただただ尊い。私がもしも男の子だったら畏れ多くて手は出せないにしろ間違いなく惚れている。

潔子さんを神とするならば私はいわば一般市民。
いや、人ですらない、もはや雑草!
この前成り行きでこのことを本人に言ってしまったら潔子先輩はギョッとしてひどく心配された。

比べちゃダメ。
比べるっていう行為がもう厚かましいんだから!

ドリンクを作ってきます!と潔子さんに伝え人数分のボトルをカゴに入れて体育館を出た。
外はジリジリと暑く、何処からか蝉の鳴き声が聞こえる。すぐにジワッと汗ばむのを感じて急いで戻ろう、と蛇口を捻ると私の隣に影ができた。

ここのチームの人だ。居たことに全然気が付かなくて慌てて頭を下げると少し距離が縮まったような気がした。

「お疲れ様。大変だね?仕事、手伝おうか?」

多分同い年であろうその人は私を見下ろしながらにっこりと笑っている。
ミドルブロッカーなだけあって背が高いなあと思いつつ丁寧に断ったけど、何故か引かないその人は更に距離を詰めてきた。

「遠慮することないって。二人でやった方が早いよ?ね?てか烏野のマネちゃんてどっちも可愛いね?」
「え、いや……ええと」
「俺けっこー君のことタイプでさ。他の奴らはもう一人のマネージャーさんにメロメロしちゃってんだけど、俺は一目見たときからコッチだなって思ったわけね」

私なんてそこらの雑草ですが!?と口にしそうになるのをグッと呑み込んでボトルに水を足していく。
……正直こういうタイプは苦手だけどせっかくこうやって練習試合を組んでもらった手前、悪い態度を取るのは気が引けてしまう。

こういう時潔子さんならどうやってくぐり抜けるだろうと考えたけど、すぐさま親衛隊の猿二匹が浮かんでちっとも参考にならなかった。

「ねえ、今度二人で出かけない?遊び行こうよ。君の名前、っ!」


……びっくりした。

ヌッと伸びてきた太い腕が私の持っていたボトルを奪って蛇口を捻った。


「ドリンク作るのにどんだけ時間かけてるんだ。ゲームが始められないでしょうよ」
「だ、大地さ……」
「いつもはもっとテキパキやってくれてるだろ。……それで?」

大地さんの声が一段と低くなって、今まで気が付かなかったとでも言わんばかりにその人ヘと向けられた。


「……うちのマネージャーに何か?」


ぞわりとした。
怒ってる。ものすごく。真っ青な顔で体育館へ戻っていくその人を目で追ってから私に向き直った大地さんは、他のボトルにも水を入れていく。

「ご、ごめんなさい。私代わります」
「いや、とりあえずまだな方に入れてくれ」
「っはい」

何やってるんだ、私。キャプテンに何させてるんだ。
恥ずかしいのと悔しいのとで涙が滲んだけど、そこで泣いてしまったらもう立ち直れない気がしてグッと歯を食いしばった。

最後のボトルの口を閉めた大地さんは言葉少なにカゴを持って歩き出した。
慌てて「持ちます!」と言ったけれど全然相手にしてもらえない。どうしよう、本当にキャプテンを怒らせてしまった。呆れさせてしまった。
大地さんに、嫌われて───。


「へ、っ」

大地さんの手が、カゴを持っているのとは反対側の手が私の手に触れてぎゅうっと握られた。
情けない声が出た気がしたんだけど、そんなことを気にしてる間もなく手を引かれて体育館へと一歩踏み入れた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!」

みんなの視線がいっぺんに集まっている。
先輩や後輩や、他校のチームや、さっきの人も。
大地さんは「それじゃあこれ頼むな」とカゴを手渡して、まるで何事も無かったみたいにコートへと走っていった。

何が起こったのかよくわからない。
ぼんやりとその背中を追っているとスガさんがちょいちょい、と手招きしていて小走りで向かった。
私の顔を見るなり「大変だったな?」と言ってくれたけど、その割には妙に楽しそうな顔をしていて余計に混乱した。

間違いないのはまだ手に残ってる大地さんの熱で。
手、大きかったなあ、なんて不謹慎なことを考えている私はいつまでも雑草のままなんだと思った。


(清水、名前はどうした?)
(あれ。そういえばドリンク作りに行ったまま……えっ)
(……見たかノヤっさん。異変に気がついてからの大地さんの高速移動)
(おうよ。だからアイツは安心して放っておけるぜ)

end.
2017.08.11
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