未来はどうやら明るいようで


「私、縁下となら結婚できる」

放課後、唐突に真顔で言ってのけた私を友人が笑った。


「何で縁下よ。もっといいのがいるでしょ王子山とか」
「王子山は顔だけだよ。それに比べて縁下は穏やかでさ、喧嘩とかならなそうだし。真面目に働いてちゃんと子育ても協力してくれて」
「子育て」
「絶対浮気なんかしない。大きな愛で包んでくれる」
「あはは!アンタどうしたのっ。そんなに仲良くもないくせに」


なっちゃんはツボにハマったみたいでお腹を抱えて笑っているけど、私は至って真面目だった。

「名前って田中と仲いいじゃん。それでも縁下がいいの?」
「田中ねー。あいつは親友枠から一生出られないと思うけど、百歩譲って彼氏かな。でも結婚相手は縁下みたいなのがいい」
「そんなに縁下のこと好きだったの?」
「うーん……」

好きかと言われたらよくわからないけど、縁下が纏ってる空気?みたいなのは良いなと思ってる。
窓際の席で授業を聞いてるときの背中とか、そこだけ優しく時間が過ぎていってるようなところとか。
友だちと話すときの柔らかく細められる目とか、私を呼ぶ声とか、悪くない。

「なんか私まで優しくなれるんだよね。イライラしてたのとかがすーっとなくなるの。こんな気持ちでいられるのって縁下だけだし。世の中に縁下みたいな人が増えれば女の人はみんな幸せになれるんじゃないかな。『一家に一台、縁下!』みたいな」

「世の中の男がみんな縁下だったら、って、需要があるのは名前くらいじゃない?」
「え、そう?いいと思わない?」
「少なくとも私はパス。仮にチャンスが巡ってきたとしても間違いなく名前に譲る」
「あはは。やった」

縁下ゲットだぜ!なんて笑っていたらなっちゃんの携帯が鳴った。彼氏の委員会が終わったみたいだ。
暇つぶしに付き合ってくれてありがと!と嬉しそうに教室を出る後ろ姿を見送った。

さて、私も帰らなきゃ。
立ち上がったところでドアの方から声をかけられた。担任の先生だ。

「苗字か。いつまで残ってんだ、早く帰れー」
「今帰るところですー」
「縁下もだぞ、何やってんだよそんなところで」

思いもしない人の名前が聞こえて足を止めた。
廊下に向かって話す先生の声とは別に、「ああ、いや」とか口ごもるのが聞こえてもう頭を抱えるレベルだった。

本当に、いる?いつから?聞こえてた?

先生が遠くなったの確認してからゆっくりと廊下を覗き込むと、顔を真っ赤にした縁下が口元を押さえてしゃがみこんでいた。


「ご、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど……」

それは、そのつもりはなかったけど一部始終聞いていました。という意味だと悟った。
縁下は短パン半袖&サポーターの部活スタイルで、忘れ物か何か取りに来たところ出会してしまったんだと思う。

……一瞬真っ白になってしまった頭をぶんぶん振って、どうにか言葉を紡いだ。


「こっちこそごめん勝手に。……世の中みんな縁下になれとか」
「一家に一台縁下とかね。間違いなく需要ないから。……どうかしてるよ。けど。さ」

深い息を一つ吐いて立ち上がった縁下はまだ顔を赤くしたままだ。


「……大きな愛で包んであげるって点に関しては、申し分ない、かと」
「へっ」

「…………っ、もう行くから」

やっぱり忘れ物だったみたいで、自分の机の中を覗いてプリントを取り出している。
縁下は机に入れっぱなしになっていたルーズリーフを一枚取り出し、何かを書いた。そこを小さく破ると立ち尽くしたままの私の手にそれを押し付けた。

「あとでワン切りして。部活終わったら折り返すから」
「う、うん。わかった」
「それと、帰り道は気をつけて。この時期は変なのも出るらしいから。それと」

いつになく早口で捲し立ててくる縁下がもう一度、今度は小さく息を吐いた。


「結婚はまだできないけど、苗字となら……したいと思うよ」

言い逃げもいいところだ。
プリントを握りしめて走り去ってく後ろ姿をただ呆然と見つめていた。
心臓がギューッと締め付けられて苦しいのに、心が甘く満たされていて心地良ささえ感じている。

バレー部は何時に終わるだろう。気をつけて、と言われたけど待っていたら嫌がられるかな。こっそり練習を覗き見なんてしたら、迷惑かな。


そんなに縁下のこと好きだったの?

さっき言われたばかりの言葉を思い出して、明日になったらちゃんとなっちゃんに報告しようと決めた。


end.
2017.08.05
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