あめあめどうか、いつまでも


この前の雨の日以来、私は常に妙なソワソワとドキドキに支配されている。
目が勝手にその姿ばかりを追って、今やすっかり彼の行動パターンさえも把握できるようになった。
耳の近くで聞こえていたあの低い声だけはたくさんの声の中からすぐに識別できるようになった。
我ながら単純だとは思うけど私はもう、影山くんと一緒に帰る前の私には戻れそうにないらしい。

だからこうやって雨の降る日には『もう一度』があるんじゃないか?と期待してしまうし、珍しく下校の時間が被ってしまったりなんてことがあれば、このチャンスを逃してはならぬという謎の使命感に背中を押される。

そして今現在、私の『使命感』は全力で務めを果たそうとしている。


あの後ろ姿を見間違えるはずがない。影山くんが正面玄関の屋根の下でぼんやりと雨空を見上げている。
手には何も持っていないから傘を忘れたんじゃないか、と都合よく考えた途端にドキドキが増した。
それを誤魔化すよう深く息を吐いて、勇気を出して歩み寄る。

「影山くん。今帰り?」

影山くんがビクッと肩を震わせたので私もつられてしまった。

「ご、ごめん。驚かせるつもりはなくて」
「いや……悪い」
「あの、もしかして傘、忘れたりする?」

私の手元に目を落とした影山くんはほんの少し間を置いてから、雨にかき消されてしまいそうなほどのか細い声で「……忘れた」と言った。


「入ってく?」

なるべく軽い感じで、を意識してみたけど上手くいったかはよくわからない。
顔が熱い。赤くなってるのに気づかれないといいな、と俯き気味な私に彼はまたも小さく返した。

「……お願い、シマス」





会話はない。
前は特別気にならなかった沈黙にどうもムズムズしてしまう。

私よりもずっと背の高い影山くんがしっかりと傘の恩恵を受けられるべく、絶妙なバランスをとりながらさしていると、私の右手に彼の温かな手が重なって息を呑んだ。

「貸せ。俺が持つ」
「あ、ありがとう。お願いします」
「ん」

心臓が破裂しそうだ。
手、大きかった。私のなんて簡単に覆われてしまった。これが男の子なんだ。

恥ずかしくてたまらなくなって俯けば濡れた髪が頬をすべる。
やっと左肩が濡れていたことに気がついた。
そういえば前回一緒に帰ったとき、影山くんの肩もびしょ濡れだったなあと思い出して見てみれば案の定、今回も肩の部分の色が変わってきている。

「影山くん、そっちの肩」
「日向が」
「え?」
「……うちの部の奴に言われた。こういうのは普通、クラスメイトとはやらないんだろ」

私を見下ろしていた影山くんは目が合うなりふいっと視線を逸らした。
こんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。部活でからかわれたりしてしまったのだろうか。返事に困ってしまっているとそのまま続けられた。

「誰かに何か言われたりしなかったか」
「ううん」
「嫌、だったか」
「……ううん」
「ならいい」

嫌だったら今日、誘うわけないじゃん。
喉元まで出かかったけど呑み込んだ。そんな告白じみたことは言えない。
さっきまで難しそうだった影山くんの表情が心無しか和らいでいるように見えて胸がきゅうっとした。

影山くんの長い足が私の歩幅に合わせてくれているのがわかる。
雨の音よりも私の心音の方が大きいんじゃないかな。
何の話をしたらいいだろう。宛もなくただ景色を見ていてハッとした。
この道をずっと行ったら私の家だ。

「ごめん影山くん、このままじゃ私の家に着いちゃう」

入ってく?なんて言っておきながら自分が送ってもらうなんて恥ずかしい。
今更ながら影山くんの家はどっちだった!?と聞けば、なんとも涼しい顔で「別にいい」と返された。

「でも──」


突然のことだ。

曲がり角から突然飛び出してきた自転車が通り過ぎるのと同時に、全身に水しぶきを浴びた。
何が起きたんだか理解不能な私の隣で影山くんも粒を滴らせている。ただ、呆然と立ち尽くす私とは違いエナメルバッグのチャックを開け、綺麗にたたまれたタオルを手に取ると迷うことなく私へと差し出した。

「これで拭け。すげー濡れてる」

いつまでも受け取らないからか、影山くんが早くしろと言わんばかりにタオルを押し付けてくるけれど、正直それどころじゃない。


そのバッグの中。
意外と整頓されたその中に一つ。


真っ黒な折りたたみの、傘。


「!」

私の視線を辿った影山くんが瞬時にバッグの口を閉ざした。

何て言葉が正解なのか見当もつかない。
ずぶ濡れの体なんてもう全く気にならない。
ドキドキが体中を駆けめぐっているせいなのか頭がくらくらする。


「と、とりあえず拭こうかな」
「あ、ああ。そうしろ」
「ありがとう。借りるね」
「……」
「……」
「…………何でなのか、わかんねーんだけど」

たっぷりと時間を置いてから、いつも以上に難しい顔で影山くんが言う。


「アンタが傘持ってんの見たらああ言ってた」
「なんで」
「だからわかんねえっつったろ今」
「……じゃあさ?」


「また次もこうやって帰ってみたらそのうちわかるかも……なんちゃって」


ものすごく緊張しながら口にした台詞に、影山くんが「アンタってほんとに頭良いな」と尊敬の眼差しを向けてくるから笑ってしまった。

影山くんがちゃんとわかってくれるような『決定的な』言葉はまだ言わない。
無自覚であろう彼の中でその感情がきちんと形になるまでは。

「影山くんもちゃんと傘に入らないと風邪引いちゃうんだからね」
「ああ。なんか気づいたら濡れてんだよ」
「じゃあもうちょっと近づけば二人とも濡れないかも」
「まじスゲーなアンタ」


もう少し、この距離のままで。


end.
2019/10/19
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『あめあめふれふれ、そのままもっと』の続きでした。
君らはどうぞ引き続き友だち以上恋人未満を楽しめばいいと思います!!!
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