煽て上手に翻弄されて


「おおーッ!苗字さん上手!めっちゃ綺麗にくっついてる!ありがとう!」

私が今しがた縫い付けたボタンをまじまじと見ながら、日向くんが嬉しそうな声をあげた。
別にそんな言うほど上手いわけじゃないし、普通なんだけど、あんまり目をキラキラさせて言ってくれるもんだから本当に手先が器用になったみたいに錯覚してしまう。

「苗字さんってすんごい家庭的だよね。この間の調理実習のときとか、先生のお手本みたいに美味しそうだった!」
「いやいや、みんなのと全然変わらないよ」
「そんなことない!だって手際よかったし、なんかお母さんって感じだった!」

…………て、照れる。
確かに親が共働きなのもあって台所に立つ機会は少し多いように思う。でも手際なんて、本職であるうちのお母さんの方がもっと良いし味付けとかもやっぱり適わない。

でも日向くんは心の底から『良い!』と思って言ってくれてるんだろうな。それが妙に心地よくて自然と口元が緩んだ。


「お母さんにはまだまだ及ばないけど、そう言ってもらえて嬉しい。ありがとう」
「苗字さんのお母さんも上手なんだ?いっつも弁当美味しそうだもんね」
「あ、お弁当は自分で作ってて……」
「えっ、そうなの!?やっぱ上手いじゃん!カラフルだし、たくさん入ってていっつもいい匂いしてる!」

日向くんがどうして私のお弁当を知っているのかは謎だったけど、こんなにも褒め倒されて悪い気なんてするはずない。
実はいつもおかず多く作りすぎちゃうんだけど、持ってこようか?とおずおず伝えると、今までにないくらいに興奮して「いいの!?」と大きく返された。

「一回食べてみたかったんだー!苗字さんの弁当!すっごい嬉しい!」

そ、そんなに……?
きっと私の顔はだらしなく緩んでいて、頬だって赤くなってると思う。

「さっそく明日持ってくるね?嫌いな食べ物とかある?」
「ない!何でも食べる!」
「ふふ、そっか。よかった」

丁度いいタイミングで予鈴が鳴って、次の授業は移動教室だと思い出した。いつもはあやちゃんともう少し早めに出てるけど、確か先生にお手伝いを頼まれていて先に行っていてと言われていた。
急がなきゃ、と教科書やら筆箱やらを抱えていると、日向くんは自分の席に戻ろうともしないで前の人の椅子に座ったままだった。

「日向くん?」
「日向でいいよ。おれ、もっともっと苗字さんと仲良くなりたいし」
「えっ、う、うん、わかった。ひ、ひなた」

「……名前ちゃん」
「えっ」
「あっ!」

名前を呼ばれてびっくりしたけど、一番びっくりしてるのは日向くんの方だ。
両手をぶんぶん振りながら「忘れて忘れて!」と顔を赤くしている。忘れて、って言われてもその言葉はしっかりと耳に残ってしまっていて、自動再生までされている。

「おれ、お嫁さんにするなら家事とか料理とかが上手い人にしろって昔から言われてて、その、苗字さんてすごく優しいし、弁当いつも美味しそうだしっ、こういう人がお嫁さんならなーとかいつも思ってて!ってかお嫁さんなら苗字で呼ばないじゃん!?とか思ったりして!」
「お嫁さ……!?」
「えっ?あ、えっ?……えっ?!」

日向くんはもう耳まで真っ赤だった。
言われた言葉がぐるぐる渦巻いてさらに私を追い詰めていく。
教室にはもう誰もいなくなっていて、私と日向くんの二人、だけで。

日向くんがふーっ、と息を吐いた。


「……苗字さんが嫌じゃなかったら、明日、二人でお昼食べませんか」

「……私で、よかったら」

きっともう次の授業には間に合わない。
けど、目の前でやっぱり嬉しそうに歯を見せて笑う日向くんを見ていたら、一緒に先生に怒られるのもそんなに怖くないかもしれないとぼんやり思った。


end.
2017.08.05
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