となりの灰羽くん


私は今、膝に握りこぶしを押し付けてただ前を向くことだけに専念している。
授業が始まってかれこれ十分ほど、隣の席から浴びせられる無遠慮な視線に私の右半身は穴が開く寸前のところまでダメージを受けていて。
申し訳ないけど、先生の言葉は辛うじて脳を経由するもののベルトコンベアに乗せられたみたいに反対側の耳から一つ残らずこぼれていくだけだった。

彼、灰羽リエーフくんの隣の席になってから二日目。
敵意なるものは感じないけれど頬杖をついてあからさまにジロジロ眺められるこの状況にどうしたって慣れそうもない。
何か珍しいんだろうか。けど言わせてもらえば灰羽くんの顔立ちの方がよっぽど珍しいし、机と椅子が身体に合ってないし、こんな平々凡々の私を見て何が楽しいんだろう?

「次のところ、灰羽」

ビクリとしたのは私の方だった。
名前を呼ばれたというのに隣の彼はちっとも反応せずにいるのだけど、聞こえてないなんて事があるんだろうか。
前を向いたままできるだけ小さく咳払いをして、「当てられてるよ」と囁いても灰羽くんは微動だにしない。

目を開けたまま実は寝てるとか?まさか、まさかね?
勇気を振り絞って目だけを灰羽くんに向けた途端、交わった視線に彼が体を震わせた。

「やべ、わっ、こっち向いた」

白い肌には一瞬にして赤が差す。
瞳が揺れて、大きな手が薄い唇を覆った。

私はもう訳がわからなかった。
散々見てきたのはそっちなのに、先生がこっちを見てるのに、とか、その赤らんだ頬が何を意味してるのかだとか、頭の中は足の踏み場が見当たらないほどぐちゃぐちゃに散らかっている。

クラスメイトのたくさんの視線を感じながら混乱してちょっと泣きそうになる私に、何故か真剣な表情の灰羽くんがぎこちなく唾を飲んだ。

「俺、灰羽リエーフ」
「…………知ってますがっ!?」
「あ、そっか。あー待って、やり直す」

ずっと丸まってた背中をピンと伸ばして改めてこちらに向き直った灰羽くんが一つ、咳払いをしたかと思えば。

「好き。だから、俺と付き合って」

遠くから誰かの息を呑む音。
ざわめき、どよめきが輪のように広がっていく。
私はというと息を吐くのがやっとで、指の先からくる震えに体の自由を奪われたようで、ただただ、そう。

「い、みがわかりません……」
「え?何で?好、き、だ、か、ら、付、き、合」
「聞こえてるから!言い直さなくていいから!」

私を他所にお祭り騒ぎのクラスメイトと、ふざけてる様子もなく至って真面目な灰羽くんに頭が痛くなる。
音駒高校に入学して早三ヶ月ほど。灰羽くんと話したことなんて多分一度か二度しかないし、なんで、とか嘘だ、とか、さっきよりもごった返す脳内が白旗を振っている。

「灰羽にはここが花畑にでも見えてんのか?ここは教室でしかも今授業中だかんな??」

苗字が困ってるだろ、と言いつつも自身も動揺を隠しきれてない先生がズレた眼鏡を直している。
そんなこと気にもとめずに灰羽くんはいつまでも目を逸らそうとしない。

何で黙ってるんだろうと思ったら、もしかして私の返事を待っているのでは!?とハッとして震える口を開いた。

「きゅ、急だし……」
「急じゃねえよ、初めて見たときから好きだったし!」
「いやそうじゃない。そういうことじゃない」
「苗字さん、俺のこと好きじゃない?」
「えっ、えーと……すぐ判断できるほどそんなに灰羽くんのこと、知らないし」

ごめん、と続けようとした言葉は「じゃあ俺のこともっと知ればいい!」と自信満々な声に被せられて届くことなく消えていった。
そして何故か灰羽くんサイドにつく外野からそうだそうだ!の雨が降る。

「待って、何で今なの?告白するにしてももっとこう、放課後とか」
「願掛けしてた」
「願掛け」
「うん。苗字さんがこっち見ますよーにって。そしたら気持ち言うって決めてた。」

……いや、いやいやいや!
あんなにジッと見られたら願掛けとか関係なくそりゃ気になるからね!?
出かかった言葉を遮ったのは今度は先生だ。

「友だちから始めたらどうだお前ら」
「え」
「え」
「それでゆっくり落とせ。ほら、次の席替えまでにでも」
「先生それいい案じゃないすか!」

先生が早く授業を再開させるべく適当なことを言っているのは手に取るようにわかった。
それでも今日イチで目をキラキラさせる灰羽くんを見ていたら頭を抱えるしかなく。

「苗字さん、友だちになって?」

形のいい唇の端をキュッと上げて首を傾げる彼の後ろにはソワソワと成り行きを見守るクラスメイトの顔が並んでいて、教卓からは早く頷け!と言わんばかりの圧力もあって。

「友だちくらい、なら」

それからの教室の盛り上がりようはまさに宴だ。
やったな、よかったな!ともみくちゃにされる灰羽くん。
前の席の子にはおめでとうなんて言われて、友だちになっただけだよ!?とツッコミを入れたくなるのだけど。

「苗字さん!」
「は、はい!」

「ありがとう!すげー好き!」

いやいやだからまだ友だちだよ!?と思いつつ、
頬に赤を乗せたまま嬉しそうにはにかむ灰羽くんを見ていたら自分の口角が緩んでいくのがわかった。

end.
2018.4.27
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -