勇気を出して、ワンツースリー!
下校時間を過ぎた生徒用玄関には誰の姿もなく、私の靴音だけが聞こえる。
ドキドキ、よりもどちらかというと警鐘が鳴り響いているのを振り払い、私は自分のではないとある人の靴箱の前に立っていた。
間違いなく山口くんのだ。
(大丈夫……誰もいない)
辺りを確認してから小さな扉を開けると、上履きが綺麗に並んでいてそれをそっと取り出した。
身長が高いだけあってとても大きくてびっくりした。
確かちゃんと見たわけじゃないけど手も大きかった気がする。少し骨ばってた……私のとは全然違う、男の子の手。
(……少しだけ、だし。そう。少しだけ)
『好きな人の靴を履いて誰にも見られずに三回ジャンプすると恋が叶うってジンクスが学生のときに流行って、当時自分の靴を履いて跳ねてた全然知らない女子が今の嫁』と先生が話してドッと盛り上がったのが六限目のこと。
そんな小中学生が信じそうなおまじないを今から試そうとしているなんて馬鹿だなぁと自分でも思うけど、実際先生の奥さんはそれをして恋が実ったわけだし。
自分の靴を脱いで山口くんの靴を履く。
もう一度誰もいないのを確認して思いきってトンッと床を蹴った。
(いちっ)
このまま誰にも見られないように。
(に……さんっ)
『───自分の靴を履いて跳ねてたのが今の嫁』
……いやいや。
見られてるよね奥さん。しかも本人に。
……ジンクス、全然関係ないじゃん??
「え嘘でしょ……え……何やってんだ私……」
そう言えばよく聞いてなかったけど先生もそんなこと言って笑ってたかもしれない。
え、だとしたら靴が何だ。……ジャンプが何だ。
これで山口くんが私のことを好きになってくれるなんて、まだ全然話をしたことすらないのに高望みで、神頼みで、随分と他人任せで情けない。
……帰ろう。
ブカブカの靴はもちろんだけど全然似合ってなくてチクリと胸が痛んだ。
のそのそ靴を脱いで隅に寄せておいた自分の靴を履いた。
靴箱に片手をついて踵の部分を直しているとどこからか慌ただしい足音が近づいてきて、靴箱の陰からぬっと誰かが顔を出した。
「わっ!?び、びっくりした。苗字さんか」
柔らかそうな髪を乱して頬を紅潮させた山口くんが私を見るなりふにゃりと笑った。
「ど、どうして……」
「日直なのに日誌出すのすっかり忘れててさ。部活抜けて提出してきたとこなんだ。苗字さんも珍しいね?こんな時間まで残ってるなんて」
「……えっと」
「あれ、どうしたの?顔色がよくな……あっ」
山口くんの視線は私の足元に並べられた明らかに男ものの靴をしっかりと捉えている。
もしそこに穴があるのなら、すっぽりとハマって蓋をして、鍵も閉めてもう二度と外に出られないようにしてほしい。
気まずさに耐え切れない山口くんはあーとかうーとか言葉にならない声を出しながら頬を掻き、何を言うべきか探っているようだった。
「だ、大丈夫だよ!言いふらしたりしないし誰のなのかとかも聞かないから!ホントだよ、だからその……そんな顔しないで!安心して!」
「……いや、あの」
「それに苗字さんにジンクスされて嫌な人なんていないと思うよ。苗字さんていつもニコニコしてるし誰にでも優しいし、そういうところがいいよなーってよく男子の間で話題にされてるし!」
……そ、それは知らなかった、デス。
思わぬ情報に少しばかり満更でもない気持ちになっていると山口くんは僅かに声を落としてぽつりと零した。
「俺もそう思ってるし」
「……え」
「え……わっ!?」
ぶわり、と耳まで赤くした山口くんが慌てたように大きく手を振った。
「いやっ、そ、そうじゃなくて!そうじゃなくてっていうか……苗字さんに思われるっていうのは男からすればホント、誇らしいことっていうか!けど苗字さんがそうやって言われるようになる前からずっと俺を好きになってくれたらいいのにって思って……て……」
その声がぼそぼそと小さくなる頃にはお互いに真っ赤になっていて、山口くんもそれに気がついたのか口元を押さえて視線を落としている。
恥ずかしいやら気まずいやらでぐちゃぐちゃの空気の中、少し声を裏返らせて「ぶ、部活行かなきゃ!」と彼が靴箱に手を伸ばした。
「あ、待って!待っ……!」
勿論山口くんが待ってくれるわけもなくて。
上履きのないそこを見、ゆっくりと足元にある靴に視線を移し何度か瞬きを繰り返している。
「えっ」
「……」
「…………ええっ!?!」
「ま、待ってって言ったのに……!」
恥ずかしくてどうしようもなくてそのまま外へと逃げ出した。
しばらくしてから「鞄!鞄忘れてる!」と山口くんの声がして仕方なく戻ると、首まで赤くした山口くんが私の目を見つめて言った。
「もうどうしたってカッコつかないかもだけど……俺から言わせてくれる?」
「……うん」
「苗字さんのことが好きでした……っていうか、現在進行形で好き、です」
「私も、今さらですごくカッコ悪いけど……山口くんがす、好きです」
両手で差し出された鞄を両手で受け取ってまるで表彰式みたいな私たちはやっぱりどうしたってカッコつかなくて。
「「付き合ってください」」
どちらからとも無くそう言って笑い合う二人をジンクスの神さまも優しく見守ってくれているような、そんな気がした。
end.
2018.2.24
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バレーシューズのまま提出しに行ってたので上履きはそのまま置いてあった設定。(何で玄関来たの)(知らない)(考えるのやめよ!!!)
山口は焦ったら余計な事ベラベラ言っちゃう。絶対。可愛い。
日向とパターン被ってるやん。でも可愛い。