願わくば、これからは


「ツッキー!誕生日おめでとう!」

朝一番のその声はまだはっきりと目覚めていない脳には大きすぎた。
お決まりと化した『うるさい山口』が喉元までこみ上げてきたけどさすがに悪いと思って、ギリギリのところでなんとかグッと呑み込む。

「……どうも」
「中学の時まではいつも女の子からプレゼント貰って大変そうだったよね。バレンタインとかもさ」
「それはお前が周りのヤツらに言いふらしてたからだろ。今年はそんなくだらないことしてないだろうな」
「えー……あはは。ええ?」

山口は妙なくらい言葉を濁したかと思えば「そういえば今日の英語のさー!」とあからさまに話題を変えだしたから、この嫌な予感は思い違いなんかじゃないだろうとため息を吐いた。

「おはよう!」
「おはよー。なあ、昨日のアレ見たー?」

……朝練では意外にも部活の人たちから騒がれることはなかったものの、隠れて何かを用意しているのは傍から見てもバレバレだった。
まあ取り上げるとすれば変人コンビの演技レベルの低さが何よりの原因だったように思う。
まあ、だからどうしたって話だ。たかが誕生日ってだけで、ケーキなんかは食べたいときに食べてるし別に欲しい物があるわけでもない。
“特別な日”だなんて思ってたのは小学生の頃までだ。

「あ、おはよう月島くん」
「おはよ」

隣の席の苗字さんの物静かなところは好感を持てる。そんなことを思うのは彼女が初めてだった。
染めたことのなさそうな艶のある黒髪を肩まで垂らして、他の女子とは違った、化粧っ気のない自然な感じは悪くない。
自分の椅子に腰掛けて勉強道具を机の中に移していると、右隣からチラチラと視線を感じて顔を上げた。

「何」
「えっ!?え、何が?」
「何が、ってずっとコッチ見てたでしょ」

こうやって火がついたみたいに赤くなる頬を見るのも結構気に入ってる。
言葉を探して伏し目がちにキョロキョロするところとか。僕の視線に更に赤みが増すところとか。

「……えっと、それは」

少なからず好意を持たれてるのには気がついてる。
自分の気持ちだって理解してる。けど僕の言葉一つ一つに顔色を変える苗字さんが面白くて、しばらくはこの関係をダラダラ続けるのもいいか、なんて。

「え、英語。ほら確か今日小テストだったでしょ?わからないところがあったから、教えてもらえたらなって」
「……ふーん。まぁいいけどさ」

二つ返事で承諾しそうになるのを堪えて普段通りぶっきらぼうに振る舞うと、苗字さんはそんなこと夢にも思わずに安心した様子で「ありがとう」と微笑んだ。

そんなわけないってわかってはいるけど、負かそうとしてくるようなその笑顔に僕はめっぽう弱かった。





「ツッキー、苗字さんに勉強教えてあげたの?」
「ああ。小テスト自信ないからって」

教えたところがちょうど小テストに出たことが嬉しかったのか、苗字さんは授業が終わりにまたお礼を言っていた。

「珍しいよね、ツッキーが誰かに構うなんて。でもちょっとわかるなぁ。苗字さんいい子だし。やっぱりツッキーも可愛いと思う?」

やっぱり、って何だよ。
お前がそう思ってるんだろ。

「別に普通だよ。やかましい奴らよりかは落ち着いてて良いかもね」
「へえー?」
「何、うるさいんだけど」
「ははっ。ごめんツッキー!」

僕の気持ちに気づいているのか、どこかニヤニヤした山口にムッとしながら弁当箱の蓋を開ける。
相変わらず色とりどりの張り切り弁当に今さら何を思うこともなく箸を伸ばすと、山口が言葉を続けた。

「そうだ。苗字さんに言ってもらえた?おめでとうって」
「は?何で。そもそも彼女は知らないでしょ、そんなこと」
「え、あ、ああ!そうか!あはは、ごめん!忘れて!」

(……嘘つくの下手すぎだから)

その様子じゃどうやら彼女の耳には入ってるらしかった。
もしかしたら今日、苗字さんからお祝いの言葉を貰えるかもしれないのか。
少なからず浮かれている自分をどこか他人事のように思いながらおかずを口に放り入れた。


「月島くん。あの。……たっ」

教室に戻るとさっそく声をかけられた。
何でもないフリをしながら「なに」と素っ気なく返せば、またも視線を落としてしどろもどろになりなかまらも続けた。

「た…………多分っ、次の数学当てられるかもしれなくて。解き方教えてもらえないかなっ?」

(……まあ、うん)

「……いいけど」

期待なんかしてないし。別に。
クラスでも成績は上の方なくせに真っ赤な顔で、絞り出した声で言うのなら。まあ、待ってやらないこともない。

「た……っ、確かここ、テストに出るよね?」

「た、体育の先生に呼ばれてるんだった!」

「たた田村さーん!」



「どうした月島。今日はずいぶん調子悪かったな?風邪か?」
「……っいえ、すみません」

……最悪だ。片付けの最中にキャプテンに声をかけられ、そう答えるしかなかった。
不調は誰の目から見ても明らかだった。
何だよ最後の田村さーんって。全然話したこともないくせに。田村さんびっくりしてたじゃん。

寧ろ何でおめでとうの一言が言えないわけ?最後の方なんて言いやすいように、「言いたい事あるんじゃないの?」なんて助け舟まで出してあげたってのに。

「集合ー!」
「うーすっ!」

今日一日で蓄積されたムカつきが全身に充満して、挙句の果てに支配され自分を制御できなくなっている。
何でこんなに振り回されなくちゃいけないんだ。何でこんなにも、イライラしなきゃなんないんだ。

「月島ぁー!集合って言ってんだろー!」
「あ、すみませー……ん」

田中さんの声にハッとして小走りで向かうと、やたらニヤニヤした部員に囲まれて一瞬たじろいだ。

「な、何ですか」
「ハッピーバースデー月島ーっ!!!」
「え、うわっ!」

大きなものから小さなものまで次々と袋を渡され思考回路が間に合わないでいると、キャプテンが歯を見せて笑った。

「みんな、お前が何を欲しいのか全っ然わからないなりに用意してみたんだ。受け取ってくれ」
「実際もう受け取らされてるけどなー」

菅原さんの言葉に他の人たちも笑っていて。

「あ、ありがとう……ございます」

あまりに拍子抜けしてしまって、フツフツと煮え立っていた感情が一気に平静を取り戻していくのがわかった。
山口と目が合うと控えめに、けど満足そうにニコリとされた。

「こんなにしおらしい月島ってなんつーか、激レアだなあ!」
「口を開けばムカつく事しか言わないしなっ!あっ、この際毎日誕生日ならいいと思わねえか!?」
「訳のわからないこと言うなよ西谷」
「さーて、さっさと帰るぞー。見回りに怒られ……ん?」

体育館の扉を開けたキャプテンが足を止めた。

「えー……っと?誰か待ってる?」
「あ、あの、えっと」

向こうから聞こえたか細いその声は、今日何度聞いたかわからない彼女のと似ていて。

「月島くん……いますか」

バッと顔を出すとすっかり陽の落ちた外の世界にぽつんと一人、苗字さんがいた。
何してんのと声をかける間もなく、突然現れた女子に興奮した“問題児二人組”に詰め寄られた。

「どういうことだよ月島?ああん?」
「天使か……?天使がお前に何の用があるんだ?」
「いや……ちょっと落ち着いてもらえませんか」

障害物をかき分けて彼女の前に立つと、暗くて良くは見えないものの顔が赤くなっているんだろうってことはなんとなくわかった。

「どうしたの、こんな時間に」

ずいぶんとわかりきったことを聞いてる自覚はある。
今日わざわざこんな時間に、帰宅部の彼女がここに来る理由なんて一つしかないのに。
苗字さんはやっぱり少し伏し目がちに、さらりと垂れる横髪を耳に掛けると僕の目を見て言った。

「どうしても今日のうちにちゃんと言いたかったから。……お誕生日おめでとう、月島くん」

後ろの人たちが何か言ってるのも気にならなかった。
本当はずっと待ってたんだから。
期待してないフリをしつつも、君の口からその言葉が聞けるのを。

「また田村さんのとこ行ったらどうしようかと思った」
「わっ、それは」
「……家まで送るよ。どこら辺なの?」
「え、いいよ!ちょっと遠いし」
「それなら尚更一人で帰らせるわけないじゃん。それに、僕からも話したいことあるし」


 たかが誕生日ってだけで、

 ケーキなんかは食べたいときに食べてるし

 欲しいものがあるわけでもない。

 “特別な日”だなんて思ってたのは小学生の頃まで。

「月島おいぃ!?そりゃあどういう話だ!?なあ!?」
「コラ田中!空気を読みなさいよ。というより空気になるんだよ俺たちは」
「いやいや……ここは気ィ利かして帰ってやろうよ……」

 でも。

 十六歳の誕生日。今日は間違いなく“特別”で。

「でも悪いよ。私、そんな」
「あのさぁ。一緒に帰りたいって言ってんのがわかんない?」
「え、あ、待ってます。着替えるの」
「うん。寒いからこれでも羽織ってなよ。……ああ、それと」

 それを僕だけのモノじゃなく

 できるなら僕と、君にとっての“特別”に


「……今日一日、がんばってくれてありがとう」

どこか硬くなっていた顔がふわりと柔らかいものになって笑みがこぼれる。
今まで見たどんな笑顔よりも可愛らしいその姿に勝ち目なんてこれっぽっちもなくてただ、素直に好きだと思った。

さて、負かされっぱなしなのはこのくらいにして。
僕からはどんな言葉で伝えてあげようか。

end.
2017.9.29
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