かいしんの いちげき!


目の前に立ちはだかる、高い高い壁。
まさかこの歩き慣れた三階の廊下で、しかもお弁当前のお手洗いの帰りにこんなものに出くわすとは夢にも思わなかった。

灰色のサラサラそうな髪と、日本人離れした異様な程に整った顔立ち。
ネコ科の肉食動物ばりの鋭い視線で私を見下ろしていて、その表情からは何を考えているのかさっぱり読めない。

「……あ、あの?」

小動物にでもなったような気分だった。
少しでも動いたら取って食われると思った。
目を逸らしたら負けってよく言うけど、もう私はそうなる寸前のところにいる。
だらだらと尋常じゃないレベルの汗が湧き出ていて、通りすがりの同級生たちが哀れみの目でこちらを見つつも、誰も声をかけてくれることなくお弁当を持って通り過ぎていった。

いつもお昼を一緒に食べてる友達は今日に限って風邪で休んでいて、もう私を助けてくれる人なんていないんだろう。
さようなら私の昼休み。というよりさようなら、私の人生──。


彼の綺麗な唇が小さく動いて何か言った。

「え?な、何ですか?」
「……苗字さんですか?」
「そ、そうですが?」

彼が話すのが普通の日本語だったことに少し安心した。
何で私のこと知ってるんだろ?っていうかこの人は誰なんだろ!?
耳の中に心臓があるみたいにドッドッド!と鳴るのを聞きながらどうにか次の言葉を待っていると、彼が言ったのは私の同級生の名前だった。

「夜久さんと同じクラスの苗字さんって、アンタですよね?」
「……夜久、衛輔くんのクラスの苗字でしたら、私だと思います……」

やっぱりそうか、と一人納得したようで頭のてっぺんから足の先までジロジロと見られている。
誰かー!誰か助けてー!と心の中で泣き叫んでるのがどうか誰かの胸に届きますように……っ!

「お?リエーフじゃないの。三年の聖域に何の用かね?」
「黒尾さん」
「……え、ちょっとお前何してくれちゃってんの?苗字チャンがガタガタ震えちゃってるんだけど?」

リエーフ、と黒尾が言った。
そういえば前に夜久がリエーフの特訓の成果がうんたらかんたら、と話しているのを聞いたことがある気がする。
あの時は技の名前か何かかと思ったけどまさか人の名前だったとは。

「俺、夜久さんたちが昨日言ってた“苗字”さんをどーしても見てみたかったんスよ」

話をよく聞いていなかったせいだろうか。
言葉の意味がよくわからなくて首を傾げると、黒尾の顔から色が消えた。

「黒尾さんに聞いてもはぐらかされるし、夜久さんなんて絶対教えてくれないし。山本さんに聞いたら五組にいる黒髪の小さくて可愛い人って言ってて、この人だってすぐわかりました!」
「リエーフ。悪いことは言わないから落ち着きなさいマジで。あと少し声量も落とせ」
「夜久さん一年の頃から気になってるって聞いたけど、もう三年じゃないですか!レシーブばっか上手でもそういうところは意気地無しなんだと思ったらもう俺が一肌脱ぐしか……!」
「リエェェェフ!!!」

リエーフくんは私の後ろへ目をやるとビクリと体を震わせて姿勢を正した。
ほれ見ろ、と言いながらも黒尾は白旗をあげている。
誰の声かなんて見なくたってよくわかるけど、振り向かなかったのはそれだけじゃなかった。

「聞いたよ山本から!全部!しかも廊下の端までしっかり聞こえてんだよ馬鹿ッ!!」
「ちょちょちょ、夜久さん!何で怒ってるんですか!だってあと高校生活も半年したら終わりなんすよ!?俺のレシーブ付き合ってばっかいないでこの人と付き合ってくれればもっと人に優しくなれると思います!」
「!!?」

彼の言葉はピストルみたいだ。
とうに致命傷な心臓めがけて、無遠慮に弾を撃ち込んでくる。

私はもう目が回ってしまって立っているのがやっとだった。
夜久の顔なんて勿論見られないけど体がワナワナ震えているのはさすがにわかった。

「リエ……っぶ、おま、ぶふ、ぶ!」
「黒尾笑ってんじゃねえ!!」
「夜久さんのこといい男だと思いますよね?ちょっと背がアレなだけで」
「リエーフお前はホントどうしても俺を怒らせたいみたいだなぁ!?」

だって!!と、リエーフくんは今日一番大きな声で言った。

「あの二人はずっと両片思いをこじらせてるから、背中押してやれって海さんに言われたんスよ!!」
「えっ」
「えっ」

私と夜久の声が重なる。
海にはそりゃもうたくさん恋愛相談をしてきたけど、いや、そうじゃない。そうじゃなくて……。

「うわ!?苗字さん!?」
「苗字チャン!?」

キャパオーバー、とはまさにこの事。
グラッと視界が揺れてそのまま思いきり倒れた。

一日で何発もの銃弾を受けた私を、この後夜久が保健室まで運んでくれて、致命傷を負った私に甘くて優しい最後の一撃をくれる、なんて、今の私に知る由もない。

end.
2017.08.11
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