ありったけの愛をあなたに(2)


手作りのモノはどうだと言われたけれど、誕生日は明日だ。明日は自習だし行く必要は無い。問題は何を作るか、だ。

一人悶々と歩きながら何がベストかを考える。何が一番嬉しいだろう、と問いを巡らせても私の中の夜久は何をあげても「ありがとう!」と笑ってくれる気がして参考にならなかった。

「……そうだ」

タイムリミットは明日夕方まで。
私の家から学校までは自転車で二十分程度の距離。
人知れず気合を入れて、目的のお店へ一歩踏み出した。

『珍しいな。苗字が部活見に来るなんて』
『海。ごめん違うの。黒尾に用があって』

そういえば一度、練習中に顔を出したことがある。

その時夜久が身に着ていたのは、確か。





「……で、っできた」

八月八日。時刻は十五時を過ぎたところだ。
何度挫折したかもう思い出せないくらいにしんどかったけど、適度に仮眠をとりながらもどうにか出来上がったそれらを見て安堵のため息をついた。

……喜んで、くれるだろうか。

行くにはまだ早いけどどうにも落ち着かなくて、動物園のシロクマばりに同じところをウロウロしてしまう。
両親が仕事に行っていて一人だといえどやっぱり恥ずかしくなって玄関へ向かった。

いつもよりもゆっくりとペダルを漕いで通いなれた道を進む。
目が眩むほど良い天気だ。素敵な日。優しい、私の好きな人が生まれた日。
ハンドルにかけたプレゼントがガサガサと揺れている。ここのところずっと早く打つ心音を聞きながら足を動かすと次第に学校が見えてきた。

自転車置き場に停めるときにはもうすでに爆発しそうなくらいドキドキしていた。
予定よりも一時間くらい早く来てしまった。運動部の声やボールの音を聞きながら体育館へと足を勧めた。
床を蹴る音が近づく。レフトやらライトやら、ナイスキーやら聞こえてきて、気づかれないように覗くとやっぱりゲーム中のようだった。

黒尾といたプリン頭の男の子が柔らかいトスを上げると、勢いよく走ってきた黒尾が高く飛んで思い切り手を振りおろした。
物凄い勢いで打たれたボールは、最初からそこに向かうはずだったかのように夜久の真正面へと向かってきて、それは今までの勢いを失ってふわりとセッターへ返された。

(……っ)

かっこいい。すごい。みぞおちの辺りが燃えたみたいに熱くなって、胸がギューッと締め付けられる。
ピーッと笛が鳴って、最後に夜久のチームのモヒカンの人が打ったスパイクで勝敗が決まったみたいだ。

「十分休憩ー!終わったらまたメンバー変えてゲームなー!」
「あーい!」

汗を拭いながらみんながこちらへ向かってくる。ギョッとして壁に背中をくっつけたけど、「あちーっ」と言いながらTシャツをパタパタする灰色の髪の人が出てきてバッチリと目が合った。
よく見かけたあの背の高い男の人だ。

「あれっ!黒尾さんに用ッスか?」

黒尾?何で?と思っていると、あろう事か「黒尾さーん!」と大きい声を出されてしまった。

「ち、ちが。違うから!」
「黒尾なら先生に用があるって職員室に行ったけど?どうし……」

大きな目と視線が交わる。
夜久は私を見るなり僅かだけど体を強ばらせた。
息の仕方を忘れたみたいに苦しくて、熱い。

「苗字」
「あ、えっと。お疲れサマ、です」
「……悪いんだけどアイツなら今居なくて。もう少ししたら帰ってくると思うけど」

違うと言いたいのに言葉が出てこない。
心の準備がまだできていないし、この場には背の高いこの人までいるし。言えるわけない。
何も言わないでぐすぐずの私を夜久はどう思っただろう。タオルで顔を拭きながら小さく言う。

「最近黒尾といるとこよく見かけるんだけどさ、そんな仲良かったっけ?」
「え!?なんで、別に!?」

だって、全部あなたの話をしているわけだし。なんてさすがに言えないけど、全力で首を横に振ると曖昧そうな顔で手元を指さされた。

「それ、黒尾に?」

夜久の目は確実に私の手にぶら下がる紙袋を見ていて、思わず背中に隠した。
心臓が耳にあるみたいにすぐそこで心音が鳴ってる気がする。言わなきゃいけないってわかってるのに体が震える。ちがうよ、って。これは夜久に、夜久のために。

「時間ッスよ二人とも!ゲーム始まるみたいッス!」

ひょっこり顔を出したのは多分一年生の子で、私を見るなり「こんちゃーっす!」と気持ち良く挨拶してくれた。
夜久と私を交互に見て、見るからにはてなマークを浮かべたその子は私の手元に視線を落とすとピコーン!と音が鳴りそうなほど姿勢を良くして、言った。

「夜久さんの誕生日プレゼントッスね!学校休みなのに持ってきてくれるなんて、仲いいッスね!」

もしも私が飲み物を口に含んでいたとしたら多分今、盛大に吹き出してしまっていたと思う。
火が出るくらい赤くなった私と、大きな目を更に見開いて固まった夜久。
やっぱり夜久さんの彼女だったんじゃないですかー、なんてニヤニヤしてる長身の彼がさっさと体育館に戻ってしまった。

「……ええ?」
「……え、と。えーと」

顔をあげられない。犬みたいに明るい一年生もとっくに中に戻ってしまっていて、ここには夜久と私の二人だけだ。

「……待ってられっか?終わるまで」
「最初から……そのつもり、だったから」

そっか、良かったと呟いて夜久が小さく笑った。
その後夜久を呼びに来た海に、暑いし中にいたら?と声をかけられたけど、中にいた方が別の意味で熱いだろうと思って断った。

あと一時間もしないうちにあのゲームが終わって部活が終わって、夜久が私のところにやってくる。
そうしたら渡さなくちゃ。言わなくちゃ。言うつもりのなかった温め続けてきた思いが胸を破って出てきそうだった。

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