歴史を綴る

「軍服を着ても軍人に見えない男。いかなる姿でも軍人に見える女。互いに非凡なのは、頭蓋骨の外側ではなく、中身である」

後にそう記される二人は、イゼルローン要塞と言われる、五百万人の人口を有する大都市にいた。
有人惑星であるイゼルローンは、“イゼルローン回廊”を通過しないかぎり侵攻が出来ない場所に位置している。
そんな場所を味方の血を流さずに手にした男。
そして警備保安システムの運用をマスコミ対策に作り上げた女。
この二人はヤンのプライベート・ルームで三次元チェスをしていた。

「・・・わからん。トランプのほうが楽だ。」
「トランプすら負けたじゃないか」
「賭け事は別だ。」

味方、敵問わずに男に間違われる女は、ヤン相手に三次元チェスで負け続けていた。
カーチャルが得意なのはあくまで賭け事。イカサマを使えるなら、彼女が必ず勝てる。
ただ賭け事ではないのに、イカサマを使うのは彼女の主義に反した。

「うるさい。ユリアンには一七連敗したんだろ?」
「一八連敗ですよ」

ユリアンは笑いながら訂正した。
保護者であるヤンに教わったはずだが、弟子が師匠を追い抜くには半年とかからなかった。
カーチャルは自分が勝ったわけでもないのに、ユリアンの勝ちは自分の勝ちとしていた。
ヤンの十九敗目に向けた旅が始まった頃だ。
軽快なチャイムの音がひびいた。
TV電話の画面にはカーチャルの苦手なフレデリカがいた。

「帝国軍の戦艦が、使者としてやってきました。」

ヤンは驚きもせず、チェスを中断して立ち上がった。
カーチャルは護衛役の役目を果たすため、仕方がなくヤンについていく。
ユリアンはカーチャルに頼みしかなかった。
ヤンは自分がダメなの時はダメだ、と割りきっている。
こうしてカーチャルを護衛役としてつけていることすら凄いことなのだから。

帝国と同盟と、双方がかかえる二百万の捕虜の交換話など、女帝の関心には入らなかった。
ローエングラム候ラインハルトが、門閥貴族と武力抗争をすることが、この話からみて取れたからだ。
食わせるのが大変な事態が起きるのだろう。しかも帝国側の兵が必要な事態が。
女帝は「ヤン・ウェンリーと思考が似ていて、帝国側の後に軍務尚書と思考が似ている」と大抵の歴史家が書き立てることとなる。
今回はヤンに思考が似ていた。
ヤンが出した分析結果、四項目をみずから導き出し、ラインハルトが打つ策をまた導き出したのだ。
しかし、カーチャルはヤンではない。ヤンのようにその考えが考えすぎではないかとは考えなかった。

 
イゼルローン要塞で捕虜の交換が行われたのは二月一九日のことである。
軍部からの代表者が互いのリストを交換し、サインする。
カーチャルはローエングラム候ラインハルトの腹心であるキルヒアイスを観察した。
若い。これが素直な感想である。
ユリアン同様に感じがいいとも感じてはいた。
しかし、カーチャルはそれ以上に厳しい目で見ていた。

「あれは優しすぎる。自分の意見を主張する、周りに威嚇する、このことに関して欠けすぎている。ある程度の欲を表に出さないことには意味がない。」

次の意見については軍務尚書の意見と似ていた。

「ナンバー二の存在が帝国に不必要ではないか。ナンバー二がナンバー一を超す事態など、よくあると歴史が語っている。」

二つの意見を生涯口にすることはなかったが、前者の意見はあながち間違いではなかったかも知れない。
|
- 9//61 -
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -