40.許される範囲 1/1

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11時15分、憲兵本部に「地球教のテロ」を予告する匿名の電話があった。この匿名の電話で憲兵の迅速な対応を促したのだろうか。その15分後にローフテン地区の油脂貯蔵庫で爆発が発生、さらに市街との通信システムの一部が破壊される。連続して各所で異変が生じたため、憲兵隊と首都防衛部隊は戦力を分散させて対処している。この連絡は皇妃と大公妃と共にいたカサンドラにも届いた。来てしまった、と思いつつ連絡をくれた憲兵に要求した。

「間に合わないと思うけど本部に連絡して」
「正直、出払っていると思いますが」
「とりあえずやって」

ケスラーが視察中で不在であったため、これが誘導であることを彼らは知らない。ここで自分が気づいたと装い、連絡がつけば仕事が減る。この場合、ケスラーとマリーカは結ばれないのだろうか、それとも運命はケスラーを意地でも大佐にしたいのか。結果は後者であった。連絡がつかないと薄々思っていたカサンドラは、出産間近のヒルダと付き添いのアンネローゼ、そして連絡をつけようとした憲兵に話す。市街でのテロは地球教がここへ襲撃するための誘導であることを。
聞いたアンネローゼが次に口を開く。

「逃げなくてはいけませんね」
「・・・・・・正直に申し上げますが、難しいでしょう」
「ビッテンフェルト夫人、何を言っているんですか!」

声を荒げたのは憲兵の方である。取り乱すこと、これが普通なんだろうと思いつつ、カサンドラは信仰に近いものを感じた。

「テロが誘導なら、すでに地球教はこちらに向かっているため、私を連れて車で逃げるのは得策ではないということですね」
「そういうことになりますね」

慣れているヒルダはカサンドラが言いたいことを自らいうことで、場を沈めようとした。しかしこの憲兵には効かなかった。

「誘導である可能性はなんですか!?」
「地球教の目的は、実権を彼らが握ること。皇帝に勝てないと思った彼らが出産を阻止する、考えられることです。」
「しかし、今なら車で逃げるのでは?」
「爆弾でも投げられたら終わりです。あなたが爆弾に覆い被さってくれるなら別ですが。」

自分の立場をわきまえていると自称するカサンドラの発言とは思えないほど、とげのある言い方だった。理由は簡単で単純なものだ。未来を知っているから従え、などというものではない。相手の立場にたてば、民間を狙う価値がないことは理解できる。いや、憲兵として理解できなければならない。我が皇帝を崇拝するものならば。
正直にカサンドラは今の軍が好きではなかった。まるでラインハルトに対する宗教のように見えてい
た。

「ビッテンフェルト夫人というだけで大口を叩きやがってどうせ女を武器に」

その先が言われることはなかった。お二人の前だ、と憲兵が理性を取り戻した直後、視界には天井が映っていた。頬をさわると痛いことがわかる。義手が加減をしないほどに我を忘れたカサンドラの鋭い平手打ちがとんでいたのだ。それでは済まなかった。拳を腹に落とそうとしていた。
普段、ストレスを発散するすべを知らないカサンドラは、怒りの沸点を超えると簡単に暴力に走ってしまう。加減のある怒り方を人生でしたことがない。そのまま高校生になり、軍人になってしまった。
肩に置かれた手で我にかえったカサンドラは、アンネローゼを見て困惑の表情一瞬見せる。すぐにいつもの無表情に戻ると深々と頭を下げた。

「お見苦しいところをお見せしてしまい、失礼いたしました。処罰なら私がお受けします。」
「それより今を考えましょう」

憲兵は倒れたまま自分の腹を触った。止めてもらわなければ、ためらいなく鳩尾に拳がめり込んでいただろう。感情的になれば反道徳的行為にも及ぶと思わせるほどに。彼女が今向けている無関心という視線と怒りの向け方の落差が物語っている。きっとビッテンフェルト夫人としてここにいることが、他者への不満を買っていることはわかっていただろう。女である、そこに対する暴言に怒ったようにみえた。
そう、みえた。実際は女に釣られたなどビッテンフェルト提督の悪口にあたるとみなし、そこに怒った。分かりずらい地雷と怒りの沸点を回避できる者はこの世で何人いるのだろうか。

義手を眺め怒りを地球教に向けようと決めたカサンドラは、一人めの侵入者の心臓を撃ち抜いた。麻薬は痛覚を鈍らせる。いや、発狂していたのかもしれない。撃たれてなお動くゾンビの頭を真っ直ぐ撃ち抜いた。麻薬で人を食うようになれば、内蔵が出ていようが動くようにもなる。信者を使うにはちょうどいいものだ。洗脳にだって使えるのだから。この中で何人が元帝国軍人なのか。気持ち悪いことを考えることは止した。使用人と憲兵の犠牲者を抑えることを考えよう。それ以外は物語の邪魔でしかないのだ。
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