37.生ける屍 1/2

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ヤン・ウェンリーが死んで、ロイエンタールが反逆者になるまでの間、何事もない平和すぎる日常がフェザーンに住む彼女にはもたらされた。帝国軍人の妻として近隣から避けられ、ごみ捨てに行くと目を合わせることすら躊躇われる。慣れた日常だった。
日本では犬を吠えるようにしつけることは非常識とされる。他国では番犬として犬をしつけることは普通だ。アルテマはふざけた名前だが番犬として育っていた。ビッテンフェルト、カサンドラ、マーティルダ以外にはとりあえず吠える。
雨の中、自身の小屋の中で丸くなっていた愛犬は、傘を指して外出する主人を細い目で見つめた。

「雨の中散歩は嫌だろ。私は、そうも言えないんだ」

餌がないんだ、と付け足した。納得したのか、小屋の中で寝てしまった。
この日は恐ろしいほど人気がなかった。酷いといえなくもない雨で、外出を怠るにしては人がいなかった。偶然かもしれない。必然だったのかもしれない。 彼女は死体だと思った。長い黒髪。筋肉質な足と腕。女性でありながら特有な膨らむが見てとれない。
面倒なことは捨ててしまおうと、一度は無視をした。しかし、ここで死なれたら後味が悪い。カサンドラは女の耳元で名前を訊ねた。救急車ぐらい呼んでやろうと。掴まれた腕と鋭い眼光が答えを言っているように見えた。同時に助けるべきか悩んだ。
この女性は明らかに自分より強いと。余計な者を延命させてしまうのではないか。獲物を狩るような目をカサンドラはできない。圧倒的な経験値の差である。きっと簡単に首をへし折るぐらいできるだろう。そう思う自分にため息をついた。元々何かにつけて世話をやいてしまうタイプらしい、と。
主人が見知らぬ女を背負って帰ってきた。傘は肩に挟んでいる。吠えようとした番犬は黙った。主人が不機嫌そうに見下ろしてきたのだ。仕方がなく小屋に戻ったが、アルテマはその見知らぬ女が気にくわなかった。
拾った主人は気にせずに玄関を器用に開けた。濡れた床は後で拭こうと諦め、バスルームに入った。女をバスルームに座らせ、41度設定温度のままお風呂に水を張ろうとした。音で目を覚ました女に、カサンドラは言い放った。

「お風呂が沸いたら入って。服はどう見ても私の方が小さいからあるかわからないけど、探す。そこの籠に着てる服は入れて。あと暴れたら憲兵呼ぶわよ」

聞いているかわからなかったが、カサンドラはそのままバスルームを出た。まずは衣類を探さなければならない。湯冷めするような時期ではないが、ある程度の暖かさのある物を探す。クローゼットに入った着ていないサイズの大きめなものを適当に出していく。脱衣室に適当に投げ捨て、カサンドラは冷蔵庫を眺めた。問題は温まれるものがないことだ。即席でなにか作らなければならないようだ。即席ラーメン、は不味いと相場が決まっていると思ったカサンドラは、卵スープを作ることにした。
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