35.埋まらない時間と関係 1/3

bookmark
非常に高そうなホテルを連れてこられ、理菜は居心地が悪くなった。貧乏性の彼女には、デザインの良い高級感のあるものに耐性がない。
その様子を見たカサンドラは、「治安が良いか悪いかわからないからこれしかない」と割り切った態度をとった。彼女はビッテンフェルトに黙って来ている。そもそも彼女はフェザーンから同盟に来る際に帝国の監視をすり抜けている。完全なお忍びだった。治安の問題もあるが、ビジネスホテルに泊まるよりもプライベートの問題もどうにかなるだろう。
ベッドに腰をかけた理菜と向かいに椅子を置いて座るカサンドラ。生きてきた環境の違う二人はすでに見えない溝に気づいていた。それでも理菜は日本語で話しかけた。

「夏目、無事だったんだね」
「カサンドラ・メルツァーそう呼んで。」
「でも私たち、あの世界で日本で、名前があるじゃない!?」
「会って早々言い争い?私はカサンドラとして生きたいの。その意思は尊重して」

言葉に詰まった理菜は、自分と夏目では抱えている覚悟が違うことを察するしかなかった。決して日本で生きていたときの関係には戻れないのだと。また友人として、関係を取り戻せると信じていた理菜としてはショックを受けるしかなかった。
カサンドラは買ってきた高そうなステーキ弁当を食べながら、理菜に話しかけた。

「ごめん、落ち込むな。これでも会いたかったのよ?」
「ほんと!?恋しくなった!?」
「うん、それはない」
「帰っていいすか」

ふて腐れぎみの理菜は、カサンドラは自分よりも強い覚悟をしていながら自分に会いたがっていた理由に目を向けようとした。彼女が冷たく愛を飛ばすことはずっと前から知っていたことであり、同盟にいる間で少しは精神力がついたと思っている。

「なんで会いたかったのよ」
「この世界に来る前と来たときの状況に、私と相違がないか知りたいの。」
「は?」
「だって、なんでここにいるのか、理由が知りたいじゃない?」

考えたことはあった。でも、理菜は長いこと同盟で過ごすうちに夏目との再会を果たせばいいと思うようになっていた。居心地の悪くないヤン艦隊をわざわざ離れる理由もなかった。 気になることではあるが、知る必要もないように考えている。しかし、質問に答えない理由もない。

「確か駅だったよね。ホームから突き飛ばされて、夏目が助けようとして、気がついたら見知らぬオフィスにいた。」
「似たようなものよ。気がついたら見知らぬ部屋にいた。突き飛ばした人のこと覚えてる?」

即頷いた。突き飛ばした人に目立つ特徴があったからだ。印象に残りよく覚えていた。

「その人片腕がな」
「あぁー!!今日、ゲーム雑誌の発売日じゃん!!この辺にないの、コンビニ」
「あるけど。まさか、今古いゲームをリメイクしよう企画あるけど。まさか、本当に、半分はそれ目当て!?」

理菜はガックリと肩を落とした。夏目―カサンドラにとっての私とは、などは考えなかった。
お財布を持って急いで部屋を出ようとするカサンドラは、ドアの前で理菜に向き直した。その顔はゲーム雑誌の話題に比べて真面目である。

「もし、もう一回同盟と帝国が争うことがあったら、帝国に来る?」
「じゃあ、夏目は?カサンドラはどうなの?」

しばらく二人は見つめ合う。カサンドラが笑って背を向けると、「愚問だな」と呟いて部屋を出ていった。戻ってきた時には、カサンドラにとっては念願のゲーム雑誌とリナ用のチョコレートケーキを持ってきた。
笑いながら他愛ない話をしたが、決して先程の質問には戻らなかった。埋まらない溝に敢えて触れる気はすでに二人にはなかった。
[戻る]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -