28.結婚に必要なもの 1/1

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翌日のこと。
愛犬アルテマに起こされたビッテンフェルトは、抱き枕にしていたカサンドラを起こさないように愛犬を撫でた。体調が良くない恋人に散歩を頼むわけにはいかないので、リードと他に必要なものを握って散歩に出かけた。
散歩とは歩くものなのだが、ランニングを始めたビッテンフェルトにアルテマが合わせる形になる。散歩コースは知らないので、というか知る気がないようで、彼の独断でコースが決められてしまった。
水の音がして目を覚ましたカサンドラは、目を擦りながら時計を見た。午前6時。なぜこうも騒がしいのか。バスルームから音がする。体が怠いことに気づくが、無視をして足を進めた。ビッテンフェルトがアルテマを散歩に連れて、今はアルテマの体でも洗っているのだろう。足に土がついたまま、部屋を走られては掃除が困る。
朝の挨拶ぐらいはしよう。彼女は扉を開けた。湯気で一瞬目を擦る。

「提督、おはようございま・・・変態!!」
「は?変態とはなんだ、変態とは!!」

文字通り裸のビッテンフェルトを見て、慌てて扉を閉めた。“変態”はシャワーのノズル片手に、呟く。

「今さらだとは思わないか」

どうせ濡れるなら脱いでしまおう。これの何が悪いのか。変態と言われたことは否定しなかった。男は皆、何かしらに変態なのだから、などと勝手に開き直った。
エロ本やアダルトビデオなどに興味がありながら、直面すると驚くとはまったくもって可愛らしい。本人は可愛げがないとか女らしくないとか言うが、たまに見せる顔というのは良いものだと思う。暴言を吐いたと思えば誉め言葉を言ったり、冷笑されたと思えば泣いてみたり。可愛い要素は充分にある。他人を見ることは好きだが、自分が見られることを意識していない辺りが、恋人としては困る。
タオルで体を拭かれたアルテマは、4時から5時30分までランニングに付き合わされたせいで、リビングで寝てしまった。
ファーレンハイトの土産から黒い三角形―おにぎりをお茶漬けにして食べていたカサンドラを見て、お腹が空いた気がした。

「だから、なんでパンツ!?」
「シャワーだけでも暑いもんは暑い」
「なら私が下着で彷徨いていたらどうします?品がない女だと思うでしょ」
「ん?そうだな、とりあえず上から下まで眺めるか」

してくれるのか、と付け加えながら、冷蔵庫からビールとサラミを出しつつ、にやりと笑う。笑われた側は「うわ、きもい」と言いたげな冷ややかな顔をしていた。
朝からビールは、普段ならカサンドラに怒られるが、休暇中ということもあって何も言われない。もしかすると、昨夜のことを気にしているのかもしれない。
目の前に向かい合う形で座ると、勝手にサラミを食べてくる。つまみが好きなわりに、酒が飲めないとは可哀想に。

「結婚するんだしベッドを買わないか」

訊いてみると、彼女の中で予定されていた質問だったようで、冷静な返答が来た。

「提督、ここは官舎です。ここのベッドは備品に入りますよね。」
「まさか、おれはあのまま床で寝るのか!?」
「いやいや、今まで床で妥協してたじゅないですか、今さら何を。つか違う。そうじゃない。あなたが官舎で過ごすなら要らないでしょうって話です」
「・・・お前、さりげなく家の購入を奨めてるのか」

ここにあるものは軍の備品。壊したり、勝手に廃棄したりは出来ない。考えてくれていたことは嬉しいが、軍がしがらみになるとは思わなかった。ビッテンフェルト自身が軍に入る際に結婚を考えていなかったのだから、仕方があるまい。地位が上がれば、相応の官舎が用意され、自由にできる範囲も増える。それどころか、官舎が広すぎて困りそうだ。
ミッターマイヤー夫妻のことを想像すればビッテンフェルトにでもわかること。家の購入は重大イベントじゃないか。

「金とは色々問題がありそうだが、当てがあるのか」
「提督は結婚に必要なものはなんだと思いますか」
「愛だろう」

恥ずかしいことを言わすな、と言ったのだが掻き消された。脱水症を起こしかねない身であることを忘れ、カサンドラは勢い良く立ち上がる。

「愛やロマンではない。経済力だ!!金に余裕がなければ、恋の余裕があるか!!金がないと自分のことで手一杯になり、相手に対しての余裕がなく、子どもも生まれない。提督、分かっていただけましたか」
「貴様、まさか経済力で選んだのか!?」
「私が自立できるほどの経済力がなければ、あなたに恋をしなかった、と言っています。」
「よくわかった、お前がフェザーンの商人に向いていることが」

嫌みの一つでも言ってやらないと気がすまないくらい腹が立った。金は問題ないと言いたいのか、稼げと言いたいのか。結局どちらだったのだろう。
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