短編 | ナノ


冬は篤いだろ!!

買ってみたのはいいが、使い方なんてまるで知らない。
小さな包みを見ながらため息をつくが、引き返すのはあまり嬉しくはない。
ことの始まり、なんて言うぐらいデカイ話ではない。
彼女のやろうとしたことが大きな事故になったことはないので、そこだけは安心していいだろう。
他人の心の中が炎上していたって実害はないので無視する。

「編み物したことないのに、セットを買ってしまった。」

しかも道具の名前すら判らない彼女は苦笑いするしかない。
ビッテンフェルトが悪いということにしておこうか。
「冬には手編みのものを贈るもんだろ」など余計な事と言ったのだ。
その場に居合わせたメックリンガーとミュラー、ワーレンは冷ややかな目をしてみせた。
最大の被害者はフェルナーではないのか?相談される第一番にあがる名前だ。
心配はこの際しないでおこう。巻き込まれるから。

「これが針?」

金色の針を出して悩んだ。先端が丸いではないか。
かぎ針なのだが、知らないのだから仕方がない。
次に出したのは棒針だ。なぜ入っているのか。初心者はかぎ針で編めないと棒針は使えないではないか。
お気づきの通り初心者セットではないようだ。
しかもこれらを休憩中のミッターマイヤーの前でばら撒いたのだ。
ロイエンタールも当然見ている中でだ。

「根本的なことを言うが毛糸はどうした」
「ああ!!」
「相変わらずの阿呆だな」
「ロイエンタール、言い過ぎではないか。
初めてなら仕方あるまい」

仕方ないの度を超えているが、オーベルシュタインの耳に入れば厄介だからやめて貰いたい。
休憩が終わる少し前にヒルダがその姿を見ていたが、決して近寄らなかった。
助けを求められたら、逃げる選択しか取れないからだ。

「エヴァならできるかな」
「ミッターマイヤー様の奥様ですか?」

子供にしか見えないマーティルダ相手なら教えてくれるかもしれない。
そのうえ、せっかくのセットが埃にまみれて終わるなど、有りえそうな話だ。
こうして彼女の完全な我儘に付き合うはめになった。
勝手に巻き込まれたエヴァは喜んで引き受けた。
子供がいなかったからかもしれないが、単に頼まれたからかもしれない。
マーティルダはお菓子片手にインターホンを押した。
エヴァと初めて会うことになるが、互いの第一印象は良い方だった。
こんな母ならいいと思った変わり者の娘と、予想より可愛い子が来たと感じたエヴァである。

「こんにちは、はじめまして」
「ジュースでも飲むかしら?」

こうして彼女の可愛い挑戦が始まった。
一週間もするとかなり手慣れたものになり、ミッターマイヤーはさすがだな、としか言いようがない。
もちろん教えた妻に対してで、マーティルダは本当に感謝していた。
妻が感謝されるのは嬉しいもので、しばらくはミッターマイヤーの機嫌が良かった。
軍務省の食堂ではマーティルダが必死に編み物をしていた。
ここでまでやられては困るのだが、フェルナーは黙ってみているしかない。
それに、彼女がオーベルシュタインにプレゼントを渡すなら見てみたいものだ。
汚さないように、力加減を間違いないように、周りを見ないで集中していたマーティルダ。
そこにコーンスープを持ってきたグスマンが来たのだが、運悪くつまずいてしまった。

「マーティルダ、危ない!!」

熱いスープを頭から被るわけにはいかない。
大事には至らないだろうが、女性として肌に痕を残すようなマネは良くない。
動いたのはフェルナーだ。
理由は彼女の心配より編み物を汚されては楽しくないということからだ。
編み物を無事に助け、オーベルシュタインが照れたりするか聞かねばならない。

「きゃ!?」
「フェルナー准将、夫人、危ない!!」

危ないなんて言葉はあまり意味がなかった。
頭から本当にコーンスープを被ったフェルナーは、あんまりの熱さ故に声をあげた。

「あつっ!!」
「あ、あぁ〜どうしよう、私が避けていれば」
「服を着たままではまずいです、着替えましょう!!」

グスマンと共に去るフェルナーを見ていたマーティルダは、泣き目になりながら感謝した。
これは必ず仕上げて結果はフェルナーに真っ先に伝えようと。
さらに一週間経過し、マフラーは形になった。
満面の笑みを浮かべた彼女は可愛らしい包みにマフラーを入れたが、はたして可愛い包みは必要だったのか。
仕事が終わるのを待つマーティルダだったが、執務室の前でしかも立ったまま待っていたため、疲れて寝てしまった。
運が悪くフェルナーが来ることもなく、気づくことなく深夜に到達していた。
オーベルシュタインが執務室を出た時には廊下で寝た状態で、当然だが可笑しな光景だ。
睨まれても起きるはすがない彼女を、仕方がなく揺する。
目を開けた彼女はその光景に驚いた訳だ。
驚きたいのはオーベルシュタインの方なのだが、彼が内心驚いていようが区別は凡人ではつくまい。
あわてて立ち上がり、赤い顔を可愛い包みで隠した。
ちらりとオーベルシュタインを覗くように眺めると、やはり睨まれている。

「何をしていた」
「あ、あの。マフラーを。この時期は寒いですから。」
「地上車で移動すればよい」

寒い場所に行かない前提で話されたら意味がない。
しかも動かないことはあまりに不健康ではないか。
マーティルダは負けないように口を開く。

「私の手作りなんですが、嫌ですか」
「まずは帰宅だ」

YESもNOも言う前に動き出したオーベルシュタインを、悲しい顔で見たマーティルダだった。
しかし、オーベルシュタインはあくまで帰宅すると言っただけだ。
受け取らないなど言っていない。そこに望みを持つことにした。
暗い夜道を地上車が走る。これで襲われたら勝ち目はないだろう。マーティルダにはオーベルシュタインがブラスターで守ってくれるなど想像できない。
ブラスターを使えるのか。デスクワークばかりやる彼には無理なのではないか。そう思ってしまう。
帰宅して執事が出迎えるかと思えば、出迎えたのは老犬だった。
マーティルダの持つ包みを颯爽と奪い去る。
驚いて追いかけようとしたが、眠いのか思うように動かない。
オーベルシュタインは老犬を捕まえるわけでも、叱るわけでもなくただ眺めていた。
包みをくわえて頭を振り回す。包み破け、中からは赤いマフラーが見えだしている。
マフラーをそのまま振り回し、前足を使い引き千切る。
笑顔を作れないまま、マーティルダは必死に言葉を探した。

「えーと、遊び道具、ありませんでしたからね」
「明日買うとするか」

涙目の奥さんを気にしていないのか、視界に入っていないのか。
これを聞かされたフェルナーはオーベルシュタインを大層恨んだらしい。
恨むのはかなり違う話なんだが、そうでもしないと自分が悲しくなるのだろう。
なんのための火傷なのか。
エヴァの夫であるミッターマイヤーは
「黄色の薔薇だろうが、渡せるだけ幸せなんだな」
と、ロイエンタールに呟いたそうだ。

〜あとがき〜
マフラー作りという凄いベタな展開でしたが、終わりがなんとも悲しいと言うか・・・・・・
老犬があんな元気なわけがないんですが、たまには遊びたいよねということで。
毛糸初心者の彼女が買い物を間違えたり、エヴァに習ったり、となんだかたのしそう。実際慣れるまで大変ですからね、毛糸。
私は編めませんよ。

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