392日め

※名前をドイツ名への変換を勧めます。

はじめは遊びだった。
オーベルシュタイン参謀長の部下になる前から、ずっと口説き続けていた女がいる。帝国女性士官はほぼいないに等しい中、事務処理で色々な方面な有名なユウコだ。無口無関心無感動と言われたユウコは、よく賭けの対象にされていた。誰が先に食事に誘えるか、連絡先を聞き出せるか。賭けが終われば興味も失せる。知っていた彼女は適当に餌を与えて追い払っていた。どうせ、連絡なんてして来ないのだから、安い餌だ。
くだらない賭けを見ていたフェルナーは、自分ならもう少しやれると、無駄な自信を胸にした。自信家であるフェルナーには一時の暇潰しに過ぎない。誰かと賭けをするわけでも、宣言するわけでもないが、彼女を口説き落とそうとした。
仕事の合間を見て、食事に誘った。
「遠慮する」
即答で、しかもこちらを見ずに言われた台詞に、内心では汗をかいた。食事ぐらいはハードルが低いと思っていたのだ。長い道のりになりそうだな、フェルナーは小さく呟いた。
ユウコの方が余程利口だった。フェルナーの自信家な面に気づき、餌を与えれて満足しないだろうと見抜いていた。そう、彼の最終目標が食事以外にあることも見抜かれていた。だから、飽きるまで追い払おうと。
彼女は別に他人に無関心なのではなく、興味が沸かないだけである。逆に言えば興味を沸かせるだけの男がいないのだが。ほぼ毎日、口説き文句や食事に誘うフェルナーに対し、何がしたいのだろうと疑問には感じていた。どんな形であれ、興味を向けさせたのだ。
「今日こそは食事に付き合っていただけますか」
「・・・・・・」
「それは了解ですか」
「そんなことは言ってないが。棚の一番上にあるインクの替えを取って欲しい」
無視されたり、生返事だったり、話を逸らされたり、フェルナーには慣れていた。普通、この時点で諦めるがフェルナーには諦めきれなかった。ここまで口説いてきたんだから、何かしらの成果はあるだろう。ここまで、というのは半年程の話である。

ブラウンシュヴァイク公とローエングラム公の争いが表面化し、互いが一時ではあるが、別陣営にいた。
もはや日課になっていたユウコに対する口説きがなくなると、「暇だな」と思うものと「静かなだな」と思うものといた。フェルナーは誰かを口説いている間、他の女性まで手を回そうとしなかった。時間がないこともあるが、彼は妙に真面目な部分もあったのだ。
「静かなだな」と思っていた者には、つかの間の安息だった。ローエングラム公の暗殺に失敗したフェルナーは、自分を売り込んでオーベルシュタインの部下に成り上がった。事務処理という安息を潰されたと同時に、フェルナーを見てはじめて彼に疑問を向けた。
「なんでいるんだ」
「寂しかった?」
「そんなことは言ってない」
フェルナーの自信家を改めて思い知らされ、呆れながらも感心した。自分を売り込む才は少々欲しいかな、と。
いきなり部下に成り上がったフェルナーは、自分の居場所と役割をわきまえていた。そんな彼にユウコはいくつかの仕事を押し付けた。正確には与えたが正しいのだが、端から見たら押し付けたように見える。自分の居場所を作るために、自分が役に立つことを見せることが必要。これを知っていた彼女が、敢えてフェルナーに仕事を与えたのだ。
これは意外だった。彼女が居場所作りに協力してくれたのだから。口説いた成果かな、と思いながら珈琲を啜った。
口説いた成果は、彼に対してのものが大きかった。グスマンに書類を渡していた彼女を見つけたフェルナーは、内心で大きな舌打ちをした。仕事の話であることは分かるが、普段無口なユウコが誰かと会話している事実が不快にさせた。仕事の話ならしようと思えばいくらでも出来るが。
本気になっていたのはおれか。
意外すぎる成果だが、TVドラマの脚本みたいな展開に頭を掻いた。口説き始めて早くも一年。どちらが口説かれていたのか、この時点で分からなくなり始めた。

本気であることに気づいた彼は、いつもと変わらずに食事に誘う。今回は即答されなかった。理由は彼女がお腹を空かせていた、という楽しくないものだ。自分の胃袋と食事の誘惑を相談しながら、フェルナーを見つめた。
「どうした?」
「奢りなら、食べる」
「お腹が空いてたのか」
特に行きたい店の要求はなく、フェルナーの行きつけの店に連れてきた。そして、何も言わないユウコのために椅子を引く。
アルコールの類いを頼まない彼女を見て、フェルナーも飲まないようにした。正直飲みにくい空気になっていた。
空気が悪くならないようにフェルナーが他愛ない話を続けるが、生返事で返される。まさか、本当に食事に来ただけか。苛立つフェルナーに対し、ある話題で初めて生返事以外で返ってきた。オーベルシュタインの部下になった当初の話だ。
「受け身な奴らが多いから、フェルナーみたいな奴がいた方が仕事が楽でいい」
「意外な評価だな」
「私を他人に無関心だと決めつけないで貰いたいな。それに勝手に視界に入るから、嫌でも見ることになる」
嫌なのか、と呟く。しかし、あまり話さない彼女が二日分ぐらい話したことが、フェルナーを喜ばせた。しかも、自分の話題で。あとは生返事になろうが、フェルナーはこれだけで喜べた。
食事が終わると、フェルナーは送ろうと提案した。紳士としてそれぐらいは許されるだろう。しかし、即答で断られた。せっかく食事に誘えたのだから、出来るだけ長くいたい。どうやって説得しようか。
「男としては送ることも礼儀の一つなんですがね」
「恋人が相手ならそうだろうな」
身持ちが固いのか、狙っているのか。少なからず断られているらしい。これで引き下がるような奴ではない。引き下がるなら、口説くこともすぐに諦めていたはずだ。フェルナーを見捨てて帰ることもできたはずだが、相手も分かっていたのだろう。
「恋人ならいいのか」
「断る」
「冗談や遊びだと思っているなら心外だな。おれは至って本気だ」
「なおさら断る」
これは効いた。睨み付けるように言われたのだから、心に来ないはずがない。むしろ来ない奴は本気ではないだろう。フェルナーは神経が図太い。しかし、これに関しては神経の図太さなど関係なかった。言われたことを事実として受け止めることぐらい、いくらフェルナーでもしないわけにはいかない。
「もしかして、鬱陶しかった?」
多少なりとも気にしていたことを、フェルナーは思い切って訊ねた。訊かれた方は空を見上げてから、溜め息混じりに答えてくれた。
「自信家のお前が、一人の女を横に置いて満足するとは到底思えないんだが」
妙に納得する。もし、これが本気になっていた事実に気づく前なら、引き下がったかもしれない。ユウコを手に入れる目標を達成した後も、横に置き続ける必要は確かにない。心の中のフェルナーは頭を掻いた。他人に無関心どころか、よく見ているではないか。
まさか、本気と伝えるための説得に一年かけるわけではないだろうな。フェルナーは自分に訊ねてみた。当然、返答はない。
「残りの人生の半分を、他人の所有物になるのは悪くないかな。そう思わなくもないんだ」
「・・・悪かった、ちょっと試しただけだ。フェルナー、残りの人生の半分をあげるから、お前の半分を貰いたい」
悪戯っぽく笑いながら、両手をあげて降参した彼女に、フェルナーは内心で小躍りした。結婚したらオーベルシュタイン提督は祝いの品をくれるだろうか。
さっそくフェルナーはユウコの横に並んで、有無も言わさずに手を繋いだ。表情は変えないくせに、手を握り返してくれた。
「婚約兼結婚指輪を買いにいかないか」
この提案は生返事で返された。照れ隠しではないだろうか。都合がいいことを考えて、口には出さなかった。何かを思い出したように呟くように、彼女が口を開いたせいで。
「392日めだな」
「何が」
「フェルナーが口説くようになったから今日まで」
さすがの自分も数えてなかった、と思うと同時に疑問が出来た。興味がなければ数えない、という疑問だ。。フェルナーのように、口説かれて途中から本気になっていたのか。または、はじめからユウコの手のひらの上でフェルナーが踊らされていたのか。
彼は冷や汗をかいた。恥ずかしさか、恐ろしさか。どちらにしても分かることがあった。
おれは尻に敷かれるのだな、ということが。
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