あの夏で待ってる


*つり球。ユキ夏


江の島どころか日本中を震撼させたあの事件から暫くたって、俺達の暮らしはまた平穏を取り戻した。ハルが宇宙に帰り、ただでさえ静かになった俺の元にある日夏樹がやって来てこう告げたのだ。
「俺、アメリカ行くよ」
それは本当に、突然の事。


夏樹の釣りに対する思いは誰よりも熱い事を俺だって知っていた。だけど、笑顔で夏樹を送る事が出来るほど俺は大人ではなかった。・・・欲を言えば、これからもずっと隣にいてほしかった。
夏樹の体温を肌で感じていられる時間も残り少ない。
それまでに、何か。
何か形に残るものを夏樹に渡したい。そう思った俺はある子に講師を頼む事にした。


「というわけで、桜ちゃん!!俺にブレスレットの作り方を教えてくれっ!!」
「え・・・わ、私ですか!?」
いつだったか桜ちゃんが夏樹にプレゼントしていたブレスレット。あれを自分で作ってみようと思ったのはいいが・・・
「け、結構難しいんだね・・・」
「ユキさん!ここ押さえとかないとビーズが全部落ちちゃいますよ!」
桜ちゃんの注意とほぼ同時に、俺のブレスレットは形ないものとなってしまった。
「ご、ごめん・・・」
「大丈夫ですよ!最初は私も失敗ばっかだったから・・・諦めずにやりましょう!」
微笑みながらビーズを拾う桜ちゃんに頭を下げながら、俺はもう一度糸にビーズを通した。
「いきなりこんな事頼んで、本当ごめんね桜ちゃん」
「気にしないで下さい!・・・それにね、私嬉しいんですよ」
桜ちゃんは最大級の笑みを浮かべていた。
「お兄ちゃん、ユキさんとかハル君が来る前は友達とかと遊ぶなんて全然なくて・・・私、お兄ちゃんの事大事に思ってくれる人がいるの、本当に嬉しいんです」
その台詞に少し安堵しつつも、妙に悲しくなった。
他人から見れば自分はただの友達思いの人なんだろう。
でも。自分が本当に夏樹に抱いている感情はもっと邪で深いものだ。
・・・夏樹は、このブレスレットをどう解釈するだろうか。


夏樹がアメリカに行く当日。
寝不足の目をこすって俺は朝早くから家を出た。
本当はお別れパーティーを開くつもりだったのに頑なに夏樹が拒否したので、結局は内輪だけで小さなお食事会を開いたらしい。
完成したブレスレットを手に、俺は夏樹の元へと走った。
「夏樹!!」
「ゆ、ユキ・・・」
「今日だろ?行くの。悲しいけどさ、夢のために頑張れよ」
「・・・ん・・・」
妙にしおらしい夏樹に何となく居心地の悪さを感じ、俺は予定より早くにブレスレットを手渡すことにした。
「これ、もし良かったら持っていって。桜ちゃんに習ったんだけどさ、あんま綺麗じゃないな」
俺ぶきっちょだから、と笑って誤魔化した。
所々テグスが見えている上に、緩くて今にも壊れそうな位に不細工なものになってしまって正直恥ずかしいけれど。
夏樹に気付いて欲しかった。
自分の気持ちを。
「これ・・・ユキが・・・?」
「う、うん。いらなかったら捨てても構わな・・・って夏樹!?」
突然ポロポロと涙を流し始めた夏樹に心臓がヒヤリとする。
「どうした・・・?」
「お、俺っ・・・本当は、アメリカ行きたくない・・・で、でも夢だったんだ。夢叶えたいから・・・だけどっ・・・」
ズ、と鼻をすすり、
「ユキに会ってから、ユキと離れたくなくなったんだよぉ・・・馬鹿ぁ責任とれよぅ・・・」
「夏・・・」
「ユキの事が、好き・・・」
瞬間、もう何もかもどうでもよくなって俺は夏樹にキスしていた。近くにいた桜ちゃんの小さな歓声に少し胸が熱くなる。
「ゆっ・・・」
「俺だって夏樹と離れたくない!!だけど、夏樹には夢を叶えて欲しいっていうのも本心なんだ。だから・・・待ってるから」
夏樹の赤くなった顔を両手ではさみ、ニッコリと笑う。
「江の島で待ってるから!!」

あなたと会える、その日まで。

[ 10/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -