第一章
03


「暇だなー」

部屋でゴロゴロゴロゴロと。
洗濯物も、掃除もお昼ご飯も全部終わって手持ち無沙汰な状態。
夕餉まではあとまだ3時間以上ある。
土方さんもいないから、余計暇。
だって、土方さんがいるといつも沖田さんを怒鳴っている声が聞こえるんですもの。
耳を澄ませて聞いてみれば、とてつもなくどうでも良い事で怒られているし。
結構聞いてみると面白いの、これが。
そんな時だった。

「でも、斬りかかるなんて出来ません!!」

千鶴の大きな声。

「刀で刺したら、人は死んじゃうんですよ!?」

一体何事ぞ。
ゆっくりと立ち上がった。
襖を開けて庭を見渡す。
千鶴の姿。と、沖田さんと斎藤さんの姿。

「・・・一体何やってんですか」
「あ、しおりちゃん」

沖田さんはいち早く気づいた。
たたた、と駆け寄っていけば千鶴が一礼する。
あらこの子、律儀ね。

「んで、一体何を大騒ぎしてるんですか」
「雪村の腕試しをしようと思った」
「腕試し?」

首をかしげる。
あぁ、そういえばこの子腰に小太刀を刺してる。
てことは、もしかして刀使えるの?

「あたしも混ざりたい!」
「え、しおりさんも!?」

千鶴が驚いたように声を張り上げる。
・・・言われてみれば、この時代の女子って刀を握らないのか(どんな時代でも女は普通刀を握りません)

「そういえば、僕しおりちゃんと真面目に刀合わせたことないんだよね」
「沖田さんとはあるじゃないですか」

ほら、最初に新撰組に会った日の夜に。

「あの時は、暗かったし何より敵同士だったでしょ」
「まぁ、そうですけど。」
「え、え…?しおりさん、刀使えるんですか?」

いいとこのお嬢様だと思ってたんですけど。
呆然としながら、呟いた千鶴。
そんな言葉に、沖田さんが隣で一人大爆笑していた。

「あははは、しおりちゃんがお嬢様?ないない、有り得ないって」
「む、沖田さんそんなに笑うことないじゃないですか」
「だってお嬢様ってっ・・・ぶは、こんなに口が悪いお嬢様なんて見たことない…っ」
「…その口の悪いお嬢様に負けそうになってたのは沖田さんですけどね!」

むすっと、頬を膨らまして文句を言えば思い切り頬を抓られた。
ぎゅむーっと引っ張られる頬。

「うひゃ、いひゃいいひゃい!!」
「減らず口はこの口かな〜?」
「ごめんなひゃい、謝るからゆるひてっ…」

バチンと、両頬を叩かれた。
ジンジンと熱を持った頬に手を当てる。
乙女の顔になんてことをするのよ!

「…うぅ、ていうかこんなことしてる場合じゃないです。斎藤さんと千鶴が刀交えるって言ってんだから大人しく見てましょうよ沖田さん」
「そうだね、しおりちゃん弄るの飽きたし」

人のことをペットみたいに言わないでくださいよ!うぅ・・・。

「で、でも・・・」
「君がそれなりに刀の使える人間だってわかれば、僕たちも君の外出を少しは前向きに考えるよ」
「それって・・・」

沖田さんが、助け舟を出すように千鶴に言い聞かせた。
ニコリと、笑みを浮かべるその姿はどうも怪しい雰囲気を醸し出していて。
・・・これは、何か企んでいるな。
なんて思いながら目を向けていた。

「どうしても刃を使いたくないと言うのなら、鞘を刀代わりに使うか、峰打ちで打ち込め」

斎藤さんの言葉に、千鶴は黙って自分の小太刀に目線を下ろした。
実際、鞘でも峰打ちでも当たり所が悪けりゃ怪我、酷ければ骨折までしてしまう。
挑発するように、斉藤さんはかかってこいと言っていた。
…斎藤さんはきっと、大丈夫だとわかっているから。

「…よろしくお願いします!!」

決心したように千鶴が声を張り上げた。
小太刀を構える姿、一応ちゃんとなっている。
ジッと見据えるように千鶴が斉藤さんを見つめる、が。
斉藤さんは刀の柄に手をかけたまま動かない。

「…これは、」

そういえば、前に読んだ本で読んだことあるかもしれない。
斉藤さんは居合いの達人だと。
今のご時世、左利きの武士なんて有り得ないから結構鮮明に覚えている。

「行きます!」

千鶴が声を張り上げて、斎藤さんに向かって大きく踏み込んだ。
峰を向けたままの刀が、無防備に経っている斎藤さんに触れる。
はずだった。
次の瞬間。

「あ…、」

それはまるでかまいたちの如く。
風のように舞う刀は一瞬で千鶴の首筋を狙っていた。
…これが、新選組の幹部。
あたしとやった時は、最初から斎藤さんにやらせていたから余裕で勝てたけど。

「へぇ・・・」

あたしでも、見えなかった。
その腕前は、確かなもので。
改めて、彼の強さを思い知った。

「師を誇れ。おまえの剣には曇りが無い」
「、え…?」
「太刀筋には心が現れる。…おまえは、師に恵まれたのだろう。」

そう呟いて、斎藤さんは身を引いた。
飛んできた千鶴の小太刀は、未だその弾かれた時の勢いが残っていて。
ゆっくりと小太刀に手を伸ばせば、その周りが震えているようにも思えた。
沖田さんは手を伸ばして、小太刀を握る。

「これ、いい小太刀だね。随分年代物みたいだけど」

沖田さんの言葉に千鶴が我に返ったように顔を上げた。

「あ…ありがとうございます!」

焦ったように千鶴は小太刀を受け取ろうとすると、バランスを崩して取り落としそうになっていた。
それは、指先に力が入っていないようで。
あぁ、先ほどの斎藤さんの居合いで、腕が痺れているのだろう。
察することができた。

「大丈夫?やっぱり驚いたかな。斎藤君の居合いは達人級だからね」

あたしの隣で沖田さんが満面の笑みを浮かべていた。
いつにも増して楽しそうな笑み。

「なんとか、大丈夫です。…でも居合いって、?」

遠慮がちに千鶴が尋ねた。

「帯刀状態から、抜き打ちの一撃を放つ技だ。抜刀直後の刃が上を向いているのはわかるな?」
「はい。私の小太刀と同じように斎藤さんの打刀も刃が上向きになるように帯刀するんですよね?」

そうだ、と斉藤さんは頷いた。
最近の刀は太刀は刃が上を向いている。
昔は、下を向いていたらしいけれど。

「本来であれば刀身が鞘から抜け落ちるまで待ち、刀を返して相手に刃を向ける手間がかかる。」

きっと、斎藤さんのあの速さの居合いではあたしでは到底叶わないだろう。
それ程に彼の抜刀速度は早かった。

「居合いは片手で抜き打つことが多いから、結果的に威力が下がって実用性は低いなんて言われることもあるんだけどね」
「…でも、斉藤さんの場合は威力が低いどころか一撃必殺ですよね」
「もし斎藤君が本気だったら、君の小太刀を弾いた後、即座に追撃してトドメを刺してたと思うよ?」

ただの腕試しだったから、千鶴はこうやって生きている。
そう思えば、思わず斎藤さんの姿に感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。

「これが、本物の居合い。」

ゾクリと背筋を通るものがある。
それはあたしも、刀を扱う人間だからだろうか。
彼の技術、速さ、瞬発力、そしてその華麗な姿。
何をとっても完璧。

「、すごい」

うっとり。
憧れる、あの居合いが。

「・・・高梨、どうかしたか」
「おーい、しおりちゃん。どうかしたの」
「…いえ、斎藤さんの居合いがあまりにも綺麗で思わず見惚れてただけです」

率直な意見。
すごい。やっぱり。
左利きで、居合いの達人。
きっとあの居合いではあたしも勝てない。

「斎藤さん、あたしにも居合い教えてください」
「…お前はこれぐらい、難なく熟せるのではないか?」
「いいえ、抜刀術ではあたし、斎藤さんには到底及びません」

きっといつか、役に立つから。
あたしがこの居合いという抜刀術を使いこなす事で、何かにきっと役立つかもしれない。
だからこそ、あたしは。

「だから、お願いします。斎藤さん」
「…そこまで言うのなら、俺でよければ教えよう。」

頭を下げてお願いすれば、嫌な顔せず、了承してくれた。

「ありがとうございます!」








「そういえば、私の外出許可ってどうなってるんですか…?」
「…忘れてた」

あら、話の腰を折っちゃってごめんなさい千鶴。



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