第一章
01


日付が変わった頃、ちょうど現代で言うと1時ぐらい。
土方さんを筆頭に幹部が屯所に戻ってきた。
と、いっても土方さんと沖田さんと斎藤さんだけで、違う方面に探しに行った原田さん達はまだだけど。

「おう、高梨。今戻った」

女の子を連れて。

「…土方さん、羅刹を回収しに行ったんですよね?」

一体、何しにいったの。
なんで、女の子を回収していてるのよ。

「ばっ、馬鹿誤解だよ!」
「じゃああなたが抱いているその女の子は誰ですか」
「…目撃者だよ」

頭をガリガリと掻き毟りながらボソリと呟いた土方さんの言葉に、思わず身体が固まった。
─────え、これって。

「奴らを目撃されて連れてきた」

気を失っているのであろうか。
目を閉じている女の子をジッと見つめた。
やっぱり、この子見たことある。
この子、絶対。

「ヒロインじゃん!!」

名前は知らないけど。
絶対そうだ!!

「ひろ、?分かんないけどしおりちゃんの知り合いなの?」
「あ…、いえ何でもないです」

思わず横文字使っちゃったけどこの人たちわからないのか。

「取り敢えず、今日の所はどっかの部屋に閉じ込めておいて、事情は明日聞くとする。明日一応お前もいろよ」
「乱暴に扱わないでくださいよ、女の子なんですから」
「…やっぱり、同じ性別故見てすぐわかるのだな」
「え?だって一目瞭然じゃないですか」

斎藤さん分かんなかったんですか?

「だって男装してるじゃない」
「男装って…どこが?」
「…髪の毛と袴とか」

これって男装って言えるものなんですか。
そうですか。
沖田さんの言葉に首をかしげながら考える。
確かに、言われてみれば男装っぽいかもだけど、それにしたっていかにも女の子って感じだもの。バレバレじゃないの。

「高梨、お前の部屋借りるからな」
「えっ、じゃああたしどこで寝れば」
「八木さんの所にでも行ってろ」

なんで!?
こんな扱いってあんまりよ!




******



朝、いつもよりちょっとだけ早めに起きた。
昨日土方さんに連れてこられたあの子について、多分幹部達は話し合ってるのだろうから、少しだけお邪魔させてもらおうと思って。
と、言ってもあたしは所詮唯の女中程度の扱いでしかないからあまり口出しはできないけど。

「失礼します」

勝手場から持ってきた茶を持ち、スっと広間の戸を開けると既に集まってる幹部の人たち。
ぐだぐたと端っこで戯れている三馬鹿に目をやる。
もう少し、シャキンとしてくださいよホントに。
勿論、そこには昨日連れてこられた彼女の姿はまだない。

「おう、高梨。来たか」
「…あの子はまだ起きないんですか?」
「あぁ、今のところはな」

袖に襷を掛けながら、空いている隅っこに座った。
こぽぽぽ、と急須のお茶を湯呑に注いで幹部の人たちに配る。
ちょうど今の時期、温かいお茶は美味しいものだ。
最後に残った近藤さんに湯呑を差し出せば、人が良い笑顔でお礼を頂いた。

「高梨、聞かせて貰うがお前はどこまで知ってる」
「───どこまで、とは?」

ふと尋ねられた質問。
答えるべきか、否か。
いや、答えないとこの人はどこまでも聞いてくるであろう。
この鬼の副長は。

「昨日拾ってきたガキの事に決まってんだろ」

さも当たり前の様に聞いてくる土方さんに流石にイラっときた。
確かにあたしは、この時代の歴史を知ってる。
勉強だってしたし、実際そういう本だって何冊か読んでもいる。
でも。

「…土方さん、あなたあたしの事便利な道具だとでも思ってるんですか?」
「はぁ?んな事言ってねぇだろ」
「言っときますが、あたし未来から来たって言ってもこの時代の歴史の全部を知ってるわけじゃないですから。」

それともあれですか?土方さんは頭がいいので今までの歴史を全て把握してるんですか?

「それに、今言った所で歴史を変えるかもしれないんですよ。死ぬはずのない人間が死ぬかも知れない、いたはずの人がいなくなる。それを分かってあたしに聞くんですよね」

こんな所でこんなこと思うのは最低だけど、実際それであたしの帰る術を無くすとなれば元も子もない。
それに、仮にあたしがいなくなってしまっても新選組は元に修復されるのだろうからどうせ話そうが話さまいが絶対に関係ない。
尤も、あたしはこの世界の事を実際にあまり知らないのだが。
ふと、辺りを見渡した。
シーンと静けさだけが広がる。
あ、やばい。言いすぎた。

「…すいません、口が過ぎました。」
「いや、俺も悪かった。軽く考えてたよ」

ふわりと苦笑した土方さんに安心した。
きっとその笑みは、分かってくれたと言うことであろう。
正直に話してもいいのだろうが、ぶっちゃけあたしは彼女の事なんて何一つ知らない。

「実際、あたしが知る史実にはあの子の情報は一切乗ってません。唯一言えることは─────」

重要な人物なのではないか。
口を開いたその時にガラリ、と突然戸が開かれた。
立ち尽くしているのは、井上さんと、後ろに昨日のあの子。
話の腰を折られたが、仕方ない。

「おはよう。昨日は良く眠れた?」
「…あ」

見れば見るほど、男装しているようには見えない。
あたしの時代では、ここと違ってポニーテールは女の子がやるものだからそれも理由の一つなんだろうけど。
大体男の子が髪の毛を結うなんて今時しないもの。

「…寝心地は、あんまり良くなかったです」
「ふぅん…そうなんだ。さっき僕が声をかけた時は君、全然起きてくれなかったけど…?」

ホント、沖田さんって意地悪よね。

「からかわれているだけだ。総司は、お前の部屋になんか行っちゃいない」
「もう少し、君の反応を見たかったんだけどな。…一君もひどいよね、勝手にばらすなんてさ」
「おいてめぇら。無駄口ばっか叩いてんじゃねぇよ」

ほら見ろ、土方さんに怒られた。
ぶふっと、思わず吹き出すと沖田さんに黒い笑みを送られた。
…あ、やばい。

「でさ、土方さん。…そいつが目撃者?ちっちゃいし細っこいなあ…。まだガキじゃん、こいつ」
「お前がガキとか言うなよ、平助」
「だな。世間様から見りゃ、おまえもこいつも似たようなもんだろうよ」
「うるさいなあ、おじさん二人は黙ってなよ」

なんて、ケラケラと笑いながら騒いでいるこの三馬鹿。
あたしの左手前に座っている土方さんが、青筋を立てながら睨みつけているのにどうやら気付いていないようだ。
ホント、あなた達は場所を考えてくださいよ。

「口さがない方ばかりで申し訳ありません。あまり、怖がらないでくださいね」
「何言ってんだ。一番怖いのはあんただろ、三南さん」

呆れたように土方さんが呟いた。
ていうか、あたしの時よりも対応が優しいのがちょっとだけ気に食わない。
やっぱ若さ!?この子のほうが若いからなの!?

「自己紹介が遅れたな」

なんて、話に割って入ってきた近藤さん。
自分の名前を言って、そして幹部達の紹介を始める。
自分、土方さん、山南さんの順番で…って、なにやってんのあなたは。
その後土方さんに文句を言われていたその姿にため息が漏れた。

「さて、本題に入ろう。まずは改めて、昨晩の話を聞かせてくれるか」

斎藤さんに視線を向けて、ゆっくりと説明を促す。
かしこまった仕草で、斎藤さんはゆっくりと口を開いた。

「昨晩、京の都を巡回中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬り合いとなりました。」

隊士らは、浪士を無力化しましたが、その折彼らが【失敗】した様子を目撃されています。

流石は説明上手の斎藤さん。
この子に内情が漏れないように、且つちゃんと説明してある。
何とも分かりやすい説明。
ちらりと、視線を彼女に向ける斎藤さん。
ゆっくりと口を開いたその子は自分の無実を主張した。

「私、何も見てません」

土方さんの表情がちょっとだけ和ぐ。
斉藤さんは無表情のまま、沖田さんに至っては満面の笑み。
一体、何を考えてるのだろうこの人は。

「なぁ、お前本当に何も見てないのか?」
「見てません」
「ふーん…。見てないんならいいんだけどさ」

さほど興味なさそうに平助が呟いた。
何も見ていないって言ってるなら、別に逃がしてもいい気もするけれど。

「あれ?総司の話ではおまえが隊士共を助けてくれたって話だったが…。」

ふと永倉さんが思い出したように聞き返した。

「ち、違います!私は、その浪士たちから逃げていて…そこに新選組の人たちが来て…。だから、私が助けてもらったようなものです」
「じゃ、隊士共が浪士を斬り殺している場面はしっかり見ちゃったってわけだな?」

永倉さんの言葉に、その子の表情が消えた。
カマをかけただけなのに、こんなにあっさりと答えちゃうなんて・・・。
少しだけ、不憫にも思える。
永倉さんって、意外に頭がいいのね。
沈黙。それは肯定の意味を表す。


「つまり最初から最後まで一部始終を見てたって事か・・・」
「っ・・・!」
「おまえ、根が素直なんだろうな。それ自体は悪いことじゃないんだろうが…」

原田さんが、曖昧に言葉を切って呟いた。
新選組にとって彼女の存在は【悪いこと】だから、残念だけど殺さなければならない。
原田さんの言葉の裏にはきっと、こういう意味もあるのだろう。

「わ、私…誰にも言いませんから!!」
「偶然、浪士に絡まれていたという君が、敵側の人間だとまでは言いませんが…。
君に言うつもりがなくとも、相手の誘導尋問に乗せられる可能性はある。」

震える彼女のか細い言葉に、三南さんは残酷な現実を語った。

「話さないと言うのは簡単だが、こいつが新鮮組に義理立てする理由もない」
「約束を破らない保証なんて無いですし、やっぱり解放するのは難しいですよねえ。
ほら、殺しちゃいましょうよ。口封じするなら、それが一番じゃないですか」
「そんな…!」

それは、なんて残酷な現実なのだろう。
あたしの時もだったけど、たまたま居合わせてしまって見たから。
そんな些細な理由で、殺すなんて。
眉を下げながら、彼らの話を土方さんの斜め後ろでずっと聞いていた。

「総司、物騒なことを言うな。お上の民を無闇に殺して何とする」
「そんな顔しないでくださいよ。今のは、ただの冗談ですから」
「…冗談に聞こえる冗談を言え」
「しかし、何とかならんのかね。…まだこんなに子供だろう?」
「私も何とかしてあげたいとは思いますが、うっかり洩らされてでもしたら一大事でしょう?」

井上さんと山南さんが、困ったように眉を寄せる。
さて、と言葉を区切ってから三南さんは土方さんに目をやった。

「私は、副長のご意見をうかがいたいのですが」

あえて【役職名】で呼んだのは、きっと真意があってのことだろう。
土方さんは小さく息を吐き出した。

「俺たちは昨晩、、士道に背いた隊士を粛清した。…こいつは、その現場に居合わせた。」
「────それだけだ、と仰りたいんですか?」
「実際、このガキの認識なんざ、その程度のもんだとは思うんだが」
「けどよ、こればっかりは大義のためにも内密にしなきゃなんねえことなんだろ?。
…新撰組の隊士は血に狂ってるなんてうわさが立ちゃあ、俺らの隊務にだって支障が出るぜ」

永倉さんの指摘は、とても的確な指摘だった。
土方さんの表情は、途端に渋くなる。

「総司の意見も一理あるとは思うけどな。…ま、俺は土方さんや近藤さんの決定に従う」
「…オレは逃がしてやってもいいと思う」

平助は、困ったように呟いた。

「こいつは別に、あいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」
「…ちょっと、平助」

あんた馬鹿なの?
平助は気づいたようで、焦ったように口元を手で覆った。

「平助。…余計な情報をくれてやるな」

無罪放免が難しくなる失言。
土方さんはチッと舌打ちをして平助を睨んだ。

「あーあ、これでますます君の無罪放免が難しくなっちゃったね」
「男子たるもの、死ぬ覚悟くらいできてんだろ?おまえも諦めて腹くくっちまいな」
「確かに、潔く死ぬのも男の道だな。俺も若い頃は切腹したし…」
「佐之の場合、まだ生きてるけどな」

原田さん、あなたは男の道を貫いたんじゃなくて多分ただの若気の至りです。

「…土方さん。結論も出ないし、一旦こいつを部屋に戻して構いませんか?」

斎藤さんはちらり、と拘束された彼女に目を向けた。

「同席させた状態で誰かが機密を洩らせば、…処分も何も、殺すほかなくなる」
「そうだな、頼めるか」
「私もその判断には賛成しますよ。ここには、うかつな方も多いですしね」

山南さんの言葉はきっと、あの三馬鹿に向けられたただの嫌味だろうな。

「うっわ、山南さん…。わざわざこっち見て言うとかキツいよ」
「ま、仕方ねぇよ。うかつなのは俺らの担当だろ。主に平助」
「そ、そんな責めるなよ!オレだって悪気はなかったんだからさ!!」

どうやら気づいたみたいだ。
うるささに耳を塞ぎたくなる、主に平助。

「ご、ごめんな…?」
「えっと…」

平助の謝罪の言葉に、ぎこちなく彼女はうなずいた。

「えっと、あたしも行った方が良いですか?」

斎藤さんに連れて行かれるその子を気にしながら、土方さんに小さく問いかけた。

「いや、お前は良い。」

だが、土方さんにバッサリと切られた。







「高梨、お前はあいつの事どう思う」
「あいつ、ってあの子の事ですか」

それ以外なんだと思うんだと、突っ込まれた。

「お前が知る史実に、あいつの情報は一切ないとさっき言ったな。お前の率直な意見を聞きたい」

そう言って土方さんはまっすぐとあたしを見た。
率直な意見。となると、実際にあたしが思った所を話せばいいということ。
あ、そういえば。

「…そういえば、一つだけ思い出した。」
「思い出したって、あいつの事か?」
「えぇ、それ以外に何があるんですか」

先ほど土方さんに突っ込まれた様に突っ込めば、土方さんは渋い顔をしながらチッと舌打ちを洩らした。

「確か、あの子は京の町に人を探しに来たはずです。もしも、あたしの話とあの子の話に食い違いでもあれば、彼女は嘘をついている事になりますよね。」

逆に言えば、正直に言ってくれれば彼女は信用してもいいんじゃないですか?
ニコッと笑みを向ければ、土方さんは顎を抱えた。
ゆっくりと口を開こうとした、その時。

「すみませーん!誰か居ませんかー!!」

奥の部屋から、叫び声が聞こえてきた。
………。

「…新八、原田、平助。ちょっとお前ら行ってこい」
「ういーっす」
「なんで俺が…」
「そういう役目なんだよ」

土方さんの指示にこの三馬鹿は文句を垂らしながら返事をした。

「さて、どうなるか楽しみですね。土方さん」

満面の笑みを向けてあげれば、土方さんは盛大に溜息を吐いた。



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