わからないんです。


「なまえさん、悪いんですけどこれ鬼灯さんの所に持ってってくれませんか?」
「鬼灯様にですか?」

申し訳なさそうに桃太郎さんに渡されたのは閻魔殿宛の受領証。

「白澤様に頼まれてたんですけど、今ちょっと薬の調合で手が離せなくて…お願いしても良いですか?」
「はい、私でよければ」
「ホントにすいません」

女遊びの為に消えた白澤に桃太郎が大きく溜息を吐く。
よろしくお願いします、と頭を下げた桃太郎さんに思わず苦笑してしまった。

「いえいえ」



*******


「─────わざわざすいません、なまえさん」
「いえ、これがあたしの仕事ですので」

閻魔殿に着けば真っ先に鬼灯様が出迎えてくれた。
部屋に通されて書類を渡す。
簡単にハンコを押された書類を受け取れば鬼灯様はお茶を出してくれた。

「所でどうですか、彼の付き人は」
「…どうって、?」
「あなたを派遣した私が言える事ではないですが、大変じゃないですか?」

お茶を飲みながら、鬼灯様が心配そうにそう言った。
少しだけ、不安げに見えたのはあたしの見間違いであろうか。
ゆっくりと息を吐いてニコリと笑えば鬼灯様は不思議そうにあたしを見つめた。

「そりゃぁ、大変ですよ。なんせあんな女誑しですし」

それに、金遣いも荒いし。
皮肉をたっぷりと込めてボソリと吐けば何とも言えないような顔をした。

「…でも、嫌ではないです」
「へぇ…」
「仕事に関してはすっごく真面目ですし、そこは尊敬出来るところだと思います。
何処にいる誰よりも、かっこいいと思います。」

研究会の時だって、彼はすごく真面目に発表していた。
薬に関しては誰よりも詳しいし優しく教えてくれるし。

「確かにだらしない所もあるけれど、探してみるといい所とかいっぱいあるんです。優しいし、紳士的だし。」

ふわりと笑って、鬼灯様を見つめた。

「それにほら、この髪飾りも白澤様が買ってくれたんですよ。」

シャランと、鈴の音がなる。
淡いピンク色の髪飾り。
白澤様がくれたと思うと、自然に頬が緩んだ。

「へぇ…あの淫獣がプレゼントを…」

鬼灯様があたしの髪飾りに優しく触れる。
その反動によって揺れた鈴がもう一度シャランと鳴り響いた。

「…よく似合ってますよ」
「、ありがとうございます」

褒められたことが素直に嬉しくて、でも恥ずかしくもあり熱の集まった顔を見られないように俯いた。
そんな時だった。

「──────なまえ!!」

ドカァンと大きく響き渡った轟音と揺れにバランスを崩した。
咄嗟に鬼灯様があたしを引き寄せる。
音のした方に目をやった。

「…えと、白澤様?」

そこには見たことのない表情でこちらを睨みつける白澤様の姿があった。

「一体なんの騒ぎですか」
「…何でここになまえがいる訳?」
「彼女は書類を届けに来てくれただけですが」
「僕は桃タロー君に頼んでた筈だけど?」

怒りに満ちたような表情で、白澤様は鬼灯様に食ってかかった。

「っあの、桃太郎さん忙しそうだったから、代わりにあたしが来たんです…」
「なまえは黙ってて!」

その白澤様の勢いに、ビクリと肩が揺れた。
…こんな白澤様、見たことない。

「何をそんなに怒っているんですか、そもそも桃太郎さんが来れなかったのはあなたが仕事をすっぽかしたからでしょうに。自分の事を棚に上げて何をほざいてるんですか」
「っ何だと、!」

瞬間、白澤様が鬼灯様からあたしを引き離した。
ギロリと鬼灯様を睨む白澤様は、これほどまでにない怒りに包まれていてあたしは何も言えなかった。

「────帰るよ、なまえ」
「、え…?ちょ、白澤様ッ」

グイッ、と乱暴に腕を引っ張られる。
鬼灯様とまともに挨拶も交わせないまま、閻魔殿を後にした。



わからないんです。

「ねぇ、白澤様っ」
「……」
「あのっ、」
「…黙ってて」


あなたが怒っている原因が。

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