あなたが好きなんです。


「───────、なまえ」

ベッドの上で静かに眠る彼女をただただずっと見つめていた。
ゆっくりと備え付けられていた椅子に腰を下ろし、冷たい彼女の手を自分の両の手で包み込んだ。
あれから1週間。
なまえはずっと眠ったままである。

「白澤さん、少しは休んだらどうですか」
「…鬼灯」

いつの間に来ていたのか。
ドアの前に立っていた鬼灯にゆっくりと目を向ければ、その朴念仁の口から小さくため息がもれた。
そのままなまえに目線を戻せば、もう一度小さなため息。


────────あの日、あの事件現場に鬼灯が駆けつけた時には、白い白衣が真っ赤に染まった白澤の姿があった。
地面に散乱していたのは、亡者であろう肉塊。
そして、木に寄りかかるように意識を失っていた、ボロボロの姿のなまえの姿。
その光景に一瞬で理解した。

「…あの亡者達は、阿鼻地獄の獄卒に予定通り引き渡しました。本来ならばあなたにも何らかの罪が与えられるのですが、今回は正当防衛ということで事件は片付きましたので」

呆れたように小さくそう言い放つが、白澤の反応はなかった。

「…ねぇ、鬼灯。僕がもっと、ちゃんとしていれば、こんな事にはならなかったかな」
「なんですか急に」
「吉兆の神獣が聞いて呆れるよね…こんな小さな、自分の好いた子さえ守れないなんて」

ぽつり、ぽつり。
小さく、小さくか細い声で言葉を紡いでいく。

「…どうしたら、なまえに許してもらえるかなっねぇ、教えてくれよ鬼灯…っ!」

ボロボロと溢れてゆく涙が寄りかかる布団にシミを作っていく。
その後ろ姿をジッと見つめながら、鬼灯は小さく息を漏らした。

「…とにかく、今は寝かせてあげてください。精神的にも、肉体的にも休ませてあげるべきです」

あなたも少し休んでください。
ここ一週間寝ずにずっと付き添ってるんですから。

「なまえさんが起きた時にあなたがそんな顔をしていたら悲しみますよ」

そう言って鬼灯はそれ以上は何も言わず部屋から去っていった。

「っなまえ…ごめんね、っ」



**********



最初は、いっぱいいる女の子の一人としか見ていなかった。
彼氏がいないといっていたから、もう万々歳で。
どうにかして口説き落とそうと思っていたけれど、全然目もくれないで。
ある日こう聞いたんだ。
僕が嫌い?と。
そして、彼女から話を聞いた。
男は野蛮だ、だから男の人が苦手、だと。
あの時はなまえの過去なんて知る由もなかったから。
きっと今までの男が子供だったんだろう、としか思っていなかった。
可哀想な子だな、と思った。
僕だったら絶対にそんな風にしないのに、と思った。
そして、あの日に流したなまえの涙。
泣かせてしまったのは僕だったけれど。
なんて綺麗なんだろうと思ってしまった。
きっとあの日からだろう。
僕がなまえを特別だと思うようになったのは。







ひらひらと舞い落ちていく桜の花びらが窓から入ってくるのを手のひらでキャッチした。
ふと思い出して、胸元のポケットを弄り、小さな白い箱を取り出す。
あの日、なまえに似合うと思って買ってあげて小さな桜の髪飾り。
これをあげた時のなまえの笑った顔が、とても可愛くて、愛しくて。
僕があんな事をしなければ今も彼女はシャランと鈴の音を鳴らしてつけていてくれたんだろう。
音を立てないようにテーブルの上に置けば、なんだかとても悲しい気持ちになった。
あの日の笑顔は、もう僕は見ることができないのだろうか。

「──────ッ、」

ぽたり、ぽたり。
水の雫がテーブルの上に落ちていく。
あぁ、今僕は泣いているのか。
そんな資格なんてないのに。
そう思っているのに涙は止まらなくて。
どうしようもなく苦しくて、悔しくて。
目の前にいるのに、もう届かない。
──────こんな僕は、一体どうすればいいのだろう。

「──────、白澤…さま」
「、え…っ?」

だからこそ、ふと耳を掠めた愛しい声に僕は一瞬だけ理解が出来なかった。

「はく、たくさま」
「なまえ、…?」
「泣かないで、」

恐る恐る顔を上げる。
そこには先程まで眠っていたはずのなまえが起き上がって、心配そうにこちらを見つめている姿。

「白澤様…?」
「なまえ、っ」
「白澤様が泣いてると、あたしも悲しいですっ」

今にも泣きそうな顔をするなまえの顔に、もう我慢は出来なかった。

「泣かないで、白澤様」

よろよろとそばに駆け寄って、優しく頬に手を差し伸べれば華奢な身体がびくりと震えた。
怖がらせないように、優しく、優しく包むように抱き寄せれば震える身体も落ち着き身体をそのまま僕に預けてくる。

「もう目を覚まさないかと思った、っ」

抱きしめる力を強めれば、少しだけ苦しそうになまえはポンポンと背中を摩った。

「はくたくさま、っ苦しい、」
「ごめん、ごめんねなまえっ」

抱きしめる力を弱めて、なまえの両頬を手で包み込む。
ゆっくりと向き直るようになまえを見つめれば、愛しさで溢れる。
もう、この気持ちは止められない。

「なまえ、好きだ」
「、ぇ…」
「君が好きで好きでしょうがないんだ…っ」

びっくりしたように見つめる瞳が、濡れていくのを感じた。

「白澤様、っ」
「ごめん、わかってる…君が僕を怖がってることも。僕は取り返しのつかないことをした。
知らなかった、なんて言葉で済まされるような事でもないのも。大切な人を傷つけた。僕があんな事をしなければ、こんな事にはならなかったのに」
「っ白澤、様」

ボロボロとなまえの瞳からいっぱい涙が溢れてくる。
そんな涙さえも美しい、と思ってしまう僕は罪であろうか。

「…ごめんね、なまえ。もう君の前には現れないようにするから。どうか、ほかの人と幸せになって欲しい」

だけど、僕はもう彼女のそばにはいられない。
いちゃいけないんだ。
思ってもいない言葉を紡いでいく。
こんな時に強がってしまうなんて、このろくでなし野郎。

「っまって白澤様、!」

離れようとベッドから立ち上がれば、その細いなまえの腕が僕の腕を掴んだ。
その仕草にドキっと胸が高鳴る。

「なまえ、…?」
「行かないで、白澤様っ」

ボロボロと涙が溢れる瞳で僕の目を見つめる。
あぁ、やめてよ。
そんな顔で僕を見つめないで。
そんなことをされたら。
手放したくなくなるじゃないか。

「あなたが好きです、」
「──────っ、」
「あなたのお側にいたいんです…っ」

付き人としてじゃなくて、あなたの恋人として。
あなたの隣を歩いていたい。

「汚れているあたしに、あなたが綺麗と言ってくれたあの日から。
あたしにとって白澤様は特別な人だった。こんなあたしを、お側に置いてくれて。
あなただけは、特別な人だったっ」

あたしはあなたのお側にずっといたい。
泣きながら、か細い声で紡いでいくなまえが、愛しくて愛しくて。

「当たり前じゃないかっ」

その小さな身体をもう一度、力いっぱいに抱きしめた。





あなたが好きなんです。

一番に大事にしていたい存在だから。
もう絶対に離したりはしない。
なんて幸せな日なんだろう。
今日だけは泣かせてしまうのを許して欲しい。


明日からは、飽きるくらいに君を笑わせてあげるから。

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