助けてください
「…えぇ、はい。こちらのエリアの捜索は大方終わりました。了解です、では報告が終わり次第そちらに戻ります」
鬼灯様からの電話を切って、思わずため息を吐いた。
逃げ出した亡者は大方捕まえたとの知らせだった。
ただ、まだ数人は確保できていないということだったので残りは他の獄卒が捜索に向かっているとのこと。
見つけ次第確保し、阿鼻地獄に連絡を入れろとの指示だった。
どうやら逃げ出した原因は、阿鼻地獄の扉の鍵を中に落としてしまったからとのこと。
電話越しに聞こえた獄卒らしき悲鳴と一緒に淡々と話す鬼灯様にも思わずため息が漏れる。
さて、閻魔殿に戻るか。
屋敷に戻るのめんどくさいな、なんて思いながら疲れた体に鞭を打って閻魔殿とは逆を向いている足を90度回転させた。
******
死んでから300年。
白澤様の側で働き始めてから十数年。
白澤様と一緒にいた期間はほんの少しだったけれど。
それはとても楽しくて、かけがえのない時間で。
いつからだろう、こんなに大切な存在になっていたのは。
「─────、」
今でも白澤様が怖い。
あの日襲われた時の事が今でも頭の中でぐるぐるとしている。
だけど、それだけど。
─────あなたの側にいたいです、白澤様。
そう思ってしまうことは、罪ですか?
「─────白澤様、好きです」
ポツリと呟いた一言が、心の中に出来たピースが一つだけ足りないパズルにハマった気がした。
好きです、白澤様。どうしようもなくあたしは、あなたの事を─────
「─────やべっ獄卒だ!」
ふと後ろから聞こえた数人の男の声にバッと振り返った。
白装束を着たその男達は、どうやら阿鼻地獄から逃げ出した亡者のようだ。
「あ、捕まえなきゃ」
自分がいる場所を見て思わず頭痛がした。
ボーッとしながら歩いてるからって、なんでこんな森にまできてしまったのだ。
思わずため息。
今はそんな事を考える暇なんてないんだ。
そう自分に言い聞かせながら、亡者の顔を見た。
─────背筋が凍った。
「…お前、あの時の」
そうポツンと呟いた亡者の声に身体がビクッと震えた。
見覚えのある顔。
「いい女じゃねぇか、俺の相手にちょうど良さそうだ」
「、っや…」
思い出したくもないあの記憶。
忘れたくても、忘れられないおぞましい光景。
「いやッ、やだぁ…!!いやぁ──────!!」
カタカタと震える。身体が動かない。
ひどい頭痛がした。
「…やっちまえ、相手は女だよ。いくら鬼だからって俺ら男には適わねぇだろ」
ニタリと笑ったそいつは、間違いなくあの時と同じ顔であたしを見つめてきた。
「っいや、さわんないで!」
「うるせぇっ気づかれるだろ、黙ってろ!」
「い───ッ」
バチン、と頬を叩かれた。
ジンジンと痛む頬にブワッと涙が溢れた。
抵抗しても敵わないその力に身体が小刻みに震える。
あの時と同じ、300年前と同じように。
「ッやだぁ…!」
乱暴に解かれる帯。抵抗する力なんてなくて。
あの日の恐怖が一気に蘇ってきて。
─────誰か、助けて。ねぇ誰か。
「っ白澤様ぁ!!!」
ねぇ助けてよ、白澤様。
助けてください
「───お前ら、何やってんだよ!!!」
抵抗しながら聞こえてきた聞き覚えのある声
瞬間あたしの上に乗っていた男が吹っ飛んで。
助けてくれたその姿に酷く安心して、そのまま意識がブラックアウトした。
─────白澤様、会いたかったです。