あの声はきっと


ポチャン、と手ぬぐいから滴り落ちる水滴が自分の手をぬらす。
ぎゅっと絞ってやれば十分の水分が出てきた。
冷たく冷えたそれをなまえの額に乗せる。
眠る彼女の表情は柔らかく、思わずホッと息を撫で下ろした。
体温計を見れば37,9度。先ほどよりかはだいぶ下がったが、それでもまだ高い熱だ。

「…たく、こんなになるまで無理をして…。」

はぁ、と一つため息。
こんなになるまで気付かなかった自分も悪いが、何でもっと早く言ってくれなかったのであろうか。
やさしく、そのきれいな頬に手を伸ばす。
どうにも拭えない、よくわからない感情にもう一度溜息を吐いた。

「さて、寝ていることだし、残っている仕事を片付けますか」

寝ているところを、ただ見守っていてもしょうがない。
クソ閻魔のせいでまだまだ残っている仕事を片付けねばと、重い腰を上げた。
はぁ、めんどくさい。
そのまま、音を立てずに鬼灯はなまえの部屋を後にした。


*****


あつい、熱い、暑い。
どうしてこんなに熱いんだろう。

────あぁ、そうだ、あたし仕事中に倒れて。

鬼灯様に迷惑かけちゃったかな。
申し訳ない。
ゆっくりと目を開けた、まだ視界はぼやけていて。
意識がふよふよと漂っている。
もう少し眠っていよう。
そう思って、もう一度ゆっくりと重い瞼を閉じた。
だからこそ。

「ごめんねなまえ、“────”」

シャランと、聞き覚えのある鈴の音とかすかに聞こえた声に返事をすることが出来なかった。



*****



「─────、ん」
「あ、おはようございますなまえさん」

目を開けた途端右横から聞こえてきた声。
ゆっくりと振り向くと、鬼灯様の顔。
もう何度も見慣れた顔。

「鬼灯様」
「熱は下がったみたいですね、調子はどうですか?」
「だいぶ楽になりました、ご迷惑おかけして申し訳ないです」

だいぶぬるくなった手ぬぐいを水の張った桶に浸しながら、いえいえと返事を返した鬼灯様にぺこりと頭を下げた。

「お腹空いてるでしょう、おかゆ作ってあるので今持ってきますね」
「あ、ありがとうございます」

そのまま部屋を出ていった鬼灯様の背中をじっと見つめた。
ずっと眠っていたから汗かいちゃった。
少しシャワーが浴びたいな。
ゆっくりとベッドから起き上がったその時だった。

「──────、」

机の上に置いてあったはずの、髪飾りが無い事に気付いたのは。

「っ、え…」

昨日まではあったのに。
机の周りを確認した。
ない、ない、ない。

「っ、」

どこかに落としてきた?
いつだ?どこで?
いてもたってもいられなくて、

「っ白澤様、」

勢いよくドアを開け、飛び出した。


あの声はきっと

「ごめんねなまえ───」
トラウマを思い出すあの行為
だけど、髪飾りをくれたあの人が
あたしはきっと────


どこにいったの?あれはあたしの宝物なのに。

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