隣にいてもいいですか?

─────それでも尚、土蜘蛛は立っていた。

「うそ、でしょ」

目の前の光景を信じられずにいた。
だって、あんな攻撃を受けても尚、飄々と立っていることが信じられなかった。

「ふは、そうよそれだよ…避けたりしちゃーもったいねぇ」

ブチブチ、と蜘蛛の糸で作られた戦闘場を壊しながら土蜘蛛がそう鼻で笑うように呟いた。

「めったに味わえねぇからなーこういううめぇもんはよぉ」

もう、どうすることもできないのか。
─────瞬間だった。

「うおぉおおお!?」

土蜘蛛の体から、大量の血飛沫が上がった。
妖気がどんどん体の外から抜けていく。
それは、ずっと待ち望んでいたことで。

「つ、土蜘蛛が真っ二つだぁ────!!」
「っやった…の?」

酷く、安心した。


*****


きっとあたしは、足手纒いで。
なんで来たのだろう。
迷惑ばっかりかけてしまっている。
それがもどかしくて、辛くて。
─────あたしなんていなくなっちゃえばいいんだ。

「…おいしおりどうした?顔真っ青だぞ」
「大丈夫、」

鴆が心配そうに顔を覗き込んだ。

「それより、リクオ達の手当をしなきゃ」

鉛のように思い足を前にだした。
あたしなんかより、心配するものがあるじゃないの。

「─────っ、?」

ふらりとよろめいた。
ボーっとする視界。焼けるように頭が痛い。

「っしおり!?おい!!」

視界がぐらりと揺れた。

「────りく、お」

リクオのびっくりしたような声。
心配そうに叫ぶ鴆の問いかけ。
朦朧とする意識の中、これだけははっきりとわかったんだ。
────あたしがいない方が、きっとリクオに迷惑かけないのに。
ふわりとあたしの身体が優しい匂いに包まれる。
また心配かけちゃったかな。本当にあたしって足手纒いだ。
自分の弱さを嘆きながら、意識はブラックアウトしたのだった。



*****


─────いずれお前は奴良組の荷物になる時が来るかもしれぬ。

捩眼山で牛鬼が言っていた事を思い出した。
あたしがいる事が奴良組にとって弱点となるならば。
あたしは喜んで組を抜ける事を選択しよう。
あたしが生きていることで、平和が壊れるなら。
あたしは喜んで死のう。
あたしの存在が、リクオを邪魔をするのなら。
あたしは喜んで、彼のもとへ去ろう。
だって、あたしはこの世界にとって異端なのだから。

「、…ぅ」
「っしおり!!」

意識が身体に戻るのを感じて、ゆっくりと目を開けた。
ぼやける視界、一番最初に見たのは悲痛に顔を歪めたリクオの顔だった。

「りくお、…」
「よかった…っ!」

あぁ、あたし倒れたんだった。
ギュッと苦しいくらいに、リクオがあたしを抱きしめた。
その身体は震えていて。

「心配させやがって、」
「…ごめん、」

自分の不甲斐なさ、弱さが酷く心に突き刺さった。
────あたしは、弱いんだ。

「本当足手纒いだね…これじゃ、あたしが着いてきた意味ないや」

ははは、と乾いた笑いが込み上げてきた。

「しおり…?」
「ゴメン、いつも…ごめん」

四国の時も、羽衣狐に狙われてることがわかった時も。
そして、こうやって土蜘蛛に捕まった時も。
決まってあたしが一番迷惑をかけているんだ。
リクオが土蜘蛛にやられた時も、見ていることしかできなくて。
あたしは、なんて無力なんだろう。
なんて情けないんだろう。
これじゃあたし、ここにいる意味ないじゃない。

「…っ自分でもわかってる、一番迷惑かけてるって事も…あたしがいなければ、リクオだってこうやって傷つく事なんてないのにっ」

溢れた涙が頬を伝った。
一度流れた涙はもう止まらなくて。
ボロボロと堰を切ったように止めどなく涙が溢れた。
自分の不甲斐なさが情けない。
弱い自分が情けない。

「…っごめん、」

ごめんね、迷惑ばっかりかけて。
ごめんね、足手纒いにしかならなくて。
────ごめんね、こんなあたしなのにリクオの事を好きになっちゃって。

「…ばか、足手纒いな訳ねぇだろ」

ふわり、リクオが優しくあたしを抱きしめた。
壊れ物を扱うように、優しく、優しく。

「オレは、お前が隣にいてくれるだけで良い」
「でもっ」
「…なぁ、聞いてくれるか?」

リクオが、あたしの声を遮るように問いかけた。

「今までオレは、ずっとお前に守られてばかりだった。」

溢れる涙を、そっとすくってリクオがポツリポツリと話し始めた。
抱きしめる力が次第に強くなる。

「だからこそ、今度はオレが守ってやるって決めたんだ。オレの隣で、お前の一番近くで守ってやるって。…なのに、しおりが土蜘蛛に連れて行かれたときは、自分の弱さを憎んだ。好いた女一人守ることもできないのかって」
「そんな…リクオは守ってくれたじゃないっ」

辛そうな、そんなリクオの顔が心に突き刺さった。

「…オレがお前の全てを守ってやる。どんなに負けそうでも、オレはしおりが隣で笑っていてくれたら、まだ戦えるって思えるんだ。お前がいてくれればオレは何もいらない。だからしおり」

────オレは、オレの隣で笑っていて。
オレはお前が隣にいてくれるだけで、幸せだから。

「、りくお」

余計、涙が溢れた。

「しおり。」

─────こんなオレでも、側にいてくれませんか?
そう言って、震えた手を掴んで指を絡ませた。
慣れない、夜のリクオの改まった言葉が心に響き渡った。
あたしでも、リクオの側にいてもいいの?
これからきっと、もっと迷惑かけちゃうかもしれないのに。
…でも、

「…はい、」

リクオの言葉に答えようと、指を絡ませた手をギュッと握り返した。

「──────愛してます、リクオ」

今だけは泣いていいよね。
もう言葉なんていらない。

「あなたが好きです…。こんなあたしでも、隣で守ってくれますか…?」
「…ばーか」

当たり前な事聞くんじゃねぇよ。
コツンと額を小突いたリクオは、はにかみながらそう言ってくれたのだ。
────大好きです、リクオ。
リクオの真剣な瞳があたしを貫いた。
あたしの顎を、クイッとあげて、ゆっくりと近づいてくるリクオにそのまま、身体を預けた。
目を閉じる。
リクオとの距離は、数センチ。
ゆっくりゆっくりと、近づいてきてそして唇が触れ─────

「…ゴホン、ゴホン…若…?」

なかった。

「…首無、今いいところだったんだよ。野暮な事するんじゃねぇ」
「今はそんな事してる暇ないでしょ!」
「ぬらくんとしおり、やっぱりそういう関係だったんか…!今チューしようとしたんか!!」

ボっと顔から火が出た。
正確には火が出るように熱かった。

「っ〜〜〜!!」

──────全部見られてた!!
思わず顔を隠した。
恥ずかしい、恥ずかしい。
ふと、割れたガラスに自分の姿が映った。
そこには、リンゴのように頬を真っ赤にした自分の姿が映っていた。
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