消えたいの。

あたしの視界に捉えているのは、漆黒な髪が特徴的な女の子。
ブラックストーンの様な黒い瞳。
綺麗に整った顔。黒いワンピース。
そして、その右手を繋いでいるのは。

「───お父様!!」

奴良鯉伴。

「“七重八重 花は咲けども山吹の 身の一つだに、なきぞ悲しき”」

懐かしい古歌と共に、彼の身体にボロボロの刀が突き入れられる。
ピチャリ、と穢れのない赤色で全身が染まった。

「いやぁぁあああぁあああっ!!!」

叫び狂う少女と、動かなくなった鯉伴。
─────次第に少女は、残忍な顔が現れた。

「呪うてやる、どこまでも。未来永劫の不幸を祈って」

それは、一体誰の──────。






「───────っ、っ!?!?」

ガバリ、と布団から起き上がった。
全身から吹き出る汗。
覚えた嘔吐感。

「…っ、ぅうッ」

迷わず、立ち上がって洗面所へと向かった。






「ゲホッ、ゲホッぅ、ッ」

胃の中の物をほとんど吐き出した気がする。
と、言ってもここ2、3日食欲がなかったからまともな食事を摂っていないんだけど。
ゆっくりとその場にしゃがみ込む。
治まった嘔吐感に、ハァっと息を吐いた。

「…、ホント勘弁してって…ッ」

────最近やけに夢見が悪い。
しかも、見るのはあの時の夢ばかり。
心当たりはあるけれど。
思い出したくもなかった。

「────、寝よう」

寝たら、またあの夢を見るかもしれないけれど。
でも、寝ないと。
────リクオに、今の姿を見られたくないから。




*******



何度も言うけれど、朝というのはどんなに頑張っても必ずやってくるものである。
例外等無いわけで。
────あれから一週間、リクオと一度も喋ってない。
勿論、家でも学校でも。
カナに励まされて、巻や鳥居に事情を聞かれて。
とにかく、なんやかんやで一週間は持ちこたえた。
だけど、やっぱり寂しい。
苦しい、辛い。

「…リクオ、」

あたしあの時どうすれば良かったんだろう。
何十回も同じことを考えた。
意味ない事だってわかってるのに。

「…どう、しよう」

鴉天狗から貰った紺色の羽織に指を滑らせた。
一度も来ていないそれはどうやら三羽鴉が夜なべして作ったらしい。
庭の方に目を向ければ、リクオと盃を交わした妖怪達が楽しそうに羽織を来て写真を撮っていた。

「…もう、消えちゃいたい」

ポツリ、とあたしの小さな呟きは誰にも掬われずに昼間の太陽の光によって焼き焦がされていった。




********



彼女は、今まで見てきた女の子とは違う子だった。
昔からそう。
賭け事が大好き、戦いも大好き。
刀を振るうのはもっと大好き。
とてもやんちゃな女の子だった。
乱暴だし、キレると口が悪くなるし。
でも、たまに見せる女の子らしい所。
そんな姿はどんな女の子よりもずっと可愛いと思った。
一応、ボクより年上なんだけれど、“天秘体”という一種の呪いみたいな物のせいで寿命は普通の人間よりも8倍。
だから、彼女は奴良組に来た時から容姿は全くと言っても良い程変わっていないのだった。
誰よりも仲間を大事にして、誰よりも奴良組を愛する。
いつからだっただろうか。
彼女を姉や母親、なんて物じゃなくて1人の女の子として見るようになったのは。
いつの間にか、好きになっていたんだ。
“高梨しおり”と言う女の子を。



「さぁ!リクオ様も!」

せーの、の合図で思わず顔を上げた。
パシャリ、というシャッター音。
気付いたときには既に写真はカメラに収まっていた。

「───なにこれ!恥ずかしいー!!」

ボクのために、鴉天狗と三羽鴉が夜なべして作ってくれた畏れの代紋が入った羽織。
嬉しいような、ちょっぴり恥ずかしいような。
もどかしい感覚。
ふと、頭によぎった。
────しおりの姿がない。

「そう言えばしおりの姿がないのう。折角お揃いの羽織を渡したのに…。」

鴉天狗が少しだけ残念そうに呟いた言葉にドクリ、と心臓が鳴った。
────そっか、しおりも持ってるんだ。

ただ、謝る機会がなかったんだ。
あの時、夜のボクが仕出かした事は間違いなくボクの責任で。
ごめんねしおり。
一言、そう謝ればいいだけなのに、何故か身体は動いてくれていなかった。
ボクがちゃんと謝れば、きっと今頃一緒に写真に写っていただろうに。

「…ごめんね、しおり」

今更こんな所で謝っても仕方ないのに。
ポツリと呟いたリクオの一言は昼間の暑さに蒸発するように消えていった。
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