01

「平和になりましたね」

ふわりと、花のように綺麗に笑うので、ヴェルデは当たり前の言葉で応じるのに口調はぶっきらぼうになったのが、自分で不覚だと思った。

「どこがだ。愚かにも人間は世界中で戦争だのテロだのを続けている。有史以来、人類が平和だったことなど一度もない」
「それでも、あの未来の全世界規模の破壊も大量殺戮も消失して、二度と繰り返されることはないのですし、アルコバレーノの呪いも解けました」
「……それは、そうだな。アルコバレーノなど、我々7人までで十分だ」

ヴェルデは、アルコバレーノ時代に、真の意味で自分が赤ん坊だと思ったことは、一度もなかった。
赤ん坊とは、可能性の塊だ。だが、本来の姿を奪われた姿ばかりのアルコバレーノは、その時代の各分野の最強と呼ばれた7人の、<末路>となるはずのものだった。

「同じ時間を延々と巡り続けるだけの、新しい可能性の欠片も無い、“成長しない赤ん坊”など、…まさに呪いでしかなかったな。今まで、アルコバレーノという存在が、どうしてもこの世界に必要なものだったというのなら、それは私達で最後であるのが望ましい。新たな犠牲者を出すことなく呪解したことは、平和と呼ぶに値するのかも知れん」

はじめ、元の姿に戻れたのは、呪いが不完全だったラルのみで、ユニを除く残りの6名は、再び真の赤ん坊から人生をやり直さなければならないのかと思ったが、各々多少の時間差はあれ、時間が止まる前の自分の姿を取り戻すことが出来た。

「ヴェルデは、優しいのですね」
「…は?」

風のことばと微笑に、ヴェルデは眉を寄せた。
風は、世辞には程遠い素直な人物なので、思いもがけない言葉で褒められるのは、不意打ちで頬に熱を感じる。

「何だそれは。私の人生で、その讃辞は初だな」
「優しい、ということですか?確かに、アルコバレーノがトゥリニセッテの最も重要な位置にいた以上、この世界にとっては必要な犠牲で、人柱だったのでしょう。でも、自分が犠牲になるのだけは、誰もがイヤだと思うものです。…ヴェルデは、違うのですね。自分の運命を嘆くことなく、ただ自分が最後でよかったと思うのが、ヴェルデでしょう?自分の身の上よりも、誰かを想う優しいひとだと思います」
「ふん、己が被った呪いなど、過ぎたことをどうこう言っても仕方がない、それだけだ」
「ふふっ、そうであっても、私はヴェルデのそういうところが、……すきです」

ヴェルデは、数百年にひとりという頭脳を、3秒も停止させた。
そして、その、ある意味偉業を成し遂げたチャイナ美女を、黙って見つめ返した。あまりにも意外な事を言われたので、返答が思い付かない。

「古風と言われそうですが、好きなひとの子どもを産むのは、女性にとってはとても幸福なことです。新しい家族を作るのも、子育てをするのにも、平和な世の中が適していると思います」
「…………………………………」
「私が、ヴェルデの子どもを産んでもよいでしょうか?」
「…………………………………」

ヴェルデは、アルコバレーノの呪い以来の、不測の事態に遭遇したと、こめかみに指を当てた。

「風」
「はい」
「…私も古風と言われそうだが、伝統にはそれなりの合理性があるものだ。……お前が私の子どもを産みたいのなら、父親となる私はお前を妻にして、まともな家庭を築く必要がある」

風は、頬を染めて幸せそうに笑った。
「そのように思ってもらえるのなら、とても嬉しいです。不束者ですが、よろしくお願いします」
「…………………………………」

いつの間にか、自分は風にプロポーズしたことになってしまったらしい、という流れに、ヴェルデは再び黙した。
らしい、というのは、ヴェルデにその意図は無かったからだ。
風が、突飛にもヴェルデの子どもを産みたいと、何段階も必要事項をすっ飛ばしたことを言い出したので、そのすっ飛ばされた箇所を常識的に埋めなければと思ったのだ。つまり、

風がヴェルデの子どもを産む
→ …のならば、子どもが育つ真っ当な家庭が必要だ。
→ 家庭を作るのには、子どもの父親に当たるヴェルデが参加する義務がある。…というのがヴェルデの価値観だ。
→ 参加する=家庭を築く第一歩は、ヴェルデが風を妻に迎える、つまり結婚するということだ。

そして、もう一段階遡ると、

→ 結婚する男女は、一生を誓えるほどに愛し合っていなければならない。

という必要不可欠な事項があるはずなのだが、それをヴェルデが口にする前に、風は結婚成立と思って幸せそうになってしまった。
この状況で、「私とお前は恋人同士であった試しはないのだが」とは、自分は特に優しくないと思うヴェルデも、流石に言いにくい。言えば風の幸せと風の幸せな笑顔が消失する。

その消失を、ヴェルデは自分の目の前で見たくなかった。自分に落ち度がある訳ではないが、導かれる結果は風にとっては残酷で、それはヴェルデにも後味の悪いものになることは確実だ。

とっさにどういうニュアンスなのか量りかねてしまったのだが、風が口にした「すきです」が愛の告白であったことが判明し、風が子どもを産みたいほど本気である以上、どんな返答をするにしろヴェルデは真摯に受け止めなければならない。

きっかけも現状も、完全に意表を突かれたが、現実は現実だ。
ヴェルデは、合理的な頭脳をフル回転させて、ひとつの重要事項を別のもので代替することにした。

結婚する男女は、一生を誓えるほどに愛し合っていなければならない。…というのを、
→ 結婚する男女は、一生の誓いを全うする「責任」を全うしなければならない。

という、別の揺るぎないもので補う。世の中には、見合い結婚というものもあるのだから、場合によっては不確かな愛よりも義務を伴う責任感の方が重要だ、という見方もある。

「……風。私は、科学者という頭脳労働以外は、不束だらけだぞ。因みに、自由を愛する私の気質から言って、それらを改変することはまずない。お前は私に美点を見出したようだが、それは私という人間の僅かな一点にしか過ぎんぞ。私を夫にして一生幸福でいることが、お前には可能なのか?」
「はい。実は、選ばれし7人として集められていたころから、私はヴェルデに片想いをしていました。ミッションが全て終わったら告白しようと思っていたのですけれども、終わったら赤ん坊になって子どもが産めなくなってしまったので、ずっと言えずにいました」

風は、にこりと笑った。
「長い長い片想いから、ヴェルデの奥さんになれるのなら、私は必ず幸福になれます」

確かに、かなり長い片想いだ。ヴェルデは、当然に知りたくなった。
「何をきっかけに、私の何を気に入った」
「ヴェルデがミッションのプランを作っているところに、エスプレッソとお菓子を持って行ったら、ヴェルデはありがとうと笑ってくれました。貴方の笑顔を見たのがそれが初めてで、……好きに、なりました」

つまり、ヴェルデの笑顔ひとつで恋に落ちたと、風は言っている。こんな事態も人生初だと思いながら、ヴェルデは風に答えた。

「物好きだな。…だが、事態は理解した。お前が幸せだと言うのなら、私はお前を妻にする」

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