01

「ねえ、桔梗。時々ああやって街で歌ってる人見るけど、もうかるのかな」
「インディーズで、そこそこ人気があれば儲かるかもしれませんね。でも、大概は全く儲かってはいないと思いますよ」
「ふぅん…」

ブルーベルは、ギターを手に歌い続けている青年を、少し遠くから眺めていた。
赤茶色の髪に、東洋系の顔立ち。……よく見えないけれども、多分眼鏡の向こうの瞳の色は、東洋人によく見られるダークブラウンではないような気がする。

彼の前には空き缶が置いてあって、1曲歌い終えると少し聴いていたらしい人が、お金を入れていった。
チャリン、という硬貨の音。

硬貨なのだから、大した金額ではない。青年はにこやかに軽く会釈したけれども、ブルーベルは気に入らないと思った。

「…ばっかじゃないの。あんなコインひとつで笑うなんて」
「あれで生計を立てられる訳ではありませんから、元から金額は重要ではないのかもしれませんね。彼のように街角で歌う歌手は、通りかかる人々に聴いて欲しくて歌っているのでしょうから、ああしてわざわざ誰かが足を止めて観客になってくれただけでも嬉しいのでは?」
「にゅ…」

でも、何かモヤモヤするのよ、とブルーベルは可愛らしい眉を寄せた。

「桔梗、さっき言ってた、インディーズって何?メジャーデビュー出来なかったマイナーな人たち?」
「それが多いといえば確かですが、インディーズでもメジャーデビューと引けを取らないほど売れている人達もいますよ。大手の会社は確実に売り出したいので、アーティストに対して色々と注文が多いのです。その口出しを嫌って、自分の好きな音楽をやりたいからと、中小企業のレコード会社からデビューしたり、或いは個人で小さな会社を立ち上げるようなケースがインディーズと呼ばれます。あの青年がインディーズかは分かりませんが、街角で歌っていて少額でもお金を貰っているのなら、いつか売れるミュージシャンになる夢を持っているのかもしれませんね。稀ですが、ああして歌うことで、スカウトマンの目に止まるという事もあるようですから」
「…………」

せっかく、気に入った服と靴をそろえて、上機嫌で帰ろうとしていたブルーベルが難しい顔をして立ち止まったままなので、桔梗はくすりと笑った。
「彼が気になるのですか?」

ブルーベルは、どうしてか赤くなって、むきになってしまった。
「う、歌だけよっ!!ちょっとだけよっ!!」
「ちょっとだけでも、彼には嬉しいと思いますよ」

桔梗は、財布から20ユーロ紙幣を取り出すと、折り畳んで小さなブルーベルの小さな手に握らせた。
「アマチュアの野外コンサートのチケット代としては、そう悪くない金額でしょう。近くで聴いてみては?」

ブルーベルは、何となく恥ずかしかったので桔梗に付いて来て欲しかったのだが、桔梗はそこから動く様子はない。ブルーベルは、躊躇いがちにトコトコと歌う青年に近寄った。
……英語の歌だろうか。

ブルーベルはイギリス人だが、イタリアで育った期間が長くて、英語は断片的に聞き取れる程度だ。
綺麗なメロディと、…綺麗で優しい声だと思った。
1曲歌い終えると、青年は次の曲を歌い始める。これはブルーベルにも何の言語か分からなかった。

(あ…)

眼鏡の向こう側は、綺麗なグリーン・アイズだった。
でも、顔立ちはアジア系で、この青年が生まれ育った国の言葉で歌っているのだろうか。メロディは長調の響きなのに、透明感のあるメロディも声も差し込む一筋の光のようなのに、どこか切なく聞こえる。
まるで、遠くに置いてきてしまった遙か東の国を思っているように。ブルーベルは、この青年はもう帰れないような気がして、泣きたくなった。

でも、その涙を堪えていると、次はイタリア語の曲だった。
今までとは違うポップな曲調で、夢を追いかける挫けない強さ、そして本当に大好きなものを見失うことのないようにと、その希望を歌う。
この青年の、心そのものなのだろうか。

「……ありがとう」

ブルーベルは、そのことばが自分に向けられたものだと気付くのに、時間がかかった。雑踏の賑わいさえブルーベルの耳には届かないほど、青年の歌に聴き入っていたのだ。

「3曲連続で足を止めてくれる人って、なかなかいないよ」

青年が、にこりと笑ってブルーベルを見つめる。
話す声も、青年の歌声のように、柔らかく優しい。ブルーベルは、頬が火照った。

「ちょ…ちょっと、イイ感じかもしれないって、思っただけよっ!!」
「ちょっとでもいいよ。立ち止まって僕の歌を聴いてくれたんだから、僕はそれだけで嬉しいんだ」

その言葉の通り、緑の瞳の青年は、嬉しそうに笑う。
ブルーベルは俯いて、その時に青年の前にある空き缶が目に入った。やはり、入っているお金は僅かだ。

「ちょっとー!!何よこの、レジのところについでに置いてある募金みたいな感じーーー!!!」
「…え?」

青年は、眼鏡の向こうで緑の目を瞬いたけれども、困ったような顔であははと笑った。
「ん…まあ、実際そうかも。君みたいに、ちょっといい感じかもしれないとか、まあ悪くないと思った人が、頑張れよって感じに入れていってくれるんだよ。でも、僕が一所懸命歌ってる割には、誰も彼も通り過ぎるばっかりだから、可哀想だなと思って恵んでいってくれる人もいるから」

ブルーベルは、にゅにゅーーーっ!!と叫んだ。
「ちょっと!あんたそれでいいの!?プライド無いのっ!?-------だったら、」

ブルーベルは言いかけて、はっとした。
知らない人間に、それも街角で歌っているという、一見人はよさそうだが得体の知らない相手に、軽々しく名を名乗るべきではない。防犯上、気を付けるようにと桔梗にも白蘭にも言われている。

(ブルーベルだったら)

「…私だったら、屈辱よ」

自分の“一生懸命”に、こんな安値を付けられるのは。
悔しい。悲しいだなんて認めるのも許せなくて、怒りを覚えるだろう。

だが、青年は穏やかに言った。
「僕には、屈辱と感じるほどのプライドは、確かにないかな。どんな形であれ、僕は<いつか出会う誰か>に届くように、歌い続けているから。こうして、たくさんの人が集まる場所で歌えるのは、コンサートとは全く違うけれども、僕には大切なことなんだよ。歌う僕の前を通り過ぎる人が殆どでも、いつも想いながら歌っているんだ。どうか届きますように…って」

(いつか出会う誰か)

(届きますように)

澄んだ心の、澄んだ言葉だと、ブルーベルは思った。
それは、競争者に圧倒的な力を見せつけて、退けて、いつかオリンピックの表彰台の頂点にひとり立ってやると思い続けてきたブルーベルには、全く思い付いたこともない言葉で、心だった。

……どうしてよ。
あんたの歌も、声も、…心も。

全部全部綺麗なのに、ブルーベルは泣きたくなるのよ。

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