01

「にゅっ。不覚だわ」

ブルーベルは、空を泳ぎながら呟いた。
どうやら、迷子だ。ブルーベル、桔梗、ザクロの3人は、それぞれユニの捜索の為に散ったのだけれども、自分が何処を飛んでいるのかわからなくなってしまったのだ。

見渡す限り、並盛山一帯の森が続いている。ボンゴレの残党はこのどこかに潜み、ユニを匿っているはずなのだが、ブルーベルは延々と続く緑の景色に、自分の居場所を見失ってしまったのだった。

「…でも、そのうち桔梗とザクロがバトルをおっ始めるわ。そっちの、どかーんずどーんの方に行けばいいのよ」
遅れて参戦するのは不本意だが、要は手柄を立てればいい。それは、ユニの奪還だ。

今、白蘭はユニを欲している。それは、白蘭を兄のように慕い、白蘭には自分ひとりだけを見ていて欲しいブルーベルには、全く気に入らないことではある。しかし、ユニを生きたまま捕まえなければトゥリニセッテはコンプリートしたとは言えず、白蘭は超時空の創造主なれないままGAME OVERというのなら、ブルーベルは白蘭の為に力を尽くすしか無い。

(桔梗とザクロがボンゴレリング奪取に頑張ってる間に、ブルーベルがおしゃぶり付きのユニをかっ攫ってやればいーのよ)

これで、白蘭は全知全能の神になるのだという。

「ぜんちぜんのう、って全部知ってて、不可能なんか1こもないっていう意味よね…」
白蘭が創るのは、どんなに素敵な世界なのだろう?全ての夢は現実となり、全ての願いが叶うだなんて。

ブルーベルは自分の力では夢を叶えることは出来なかった。
この世界ではオリンピックの代表選手になるほどの、Little Mermaid…人魚姫、と呼ばれる鮮やかな才能の持ち主だったのに。それは、ブルーベルの実兄と共に事故で失われた。

ブルーベルは、その悲惨な運命を、どれ程呪ったかか知れない。この世界を、…いるのだとしたらこの世界の神様を、どれ程憎悪したか知れない。
でも、その苦しみも恨みも、全て白蘭が晴らしてくれたのだ。

今のブルーベルには、かつてメダルと表彰台を目指して競ったプールでは物足りなくなった。
この世界中の広い海。広い空。それが、今のブルーベルの世界だ。ブルーベルは、この世界の何処でも、自由自在に泳ぐことが出来る。その力は、マーレリングと共に白蘭がくれた。

(君は、前よりもっと速くなる。人間を超えた存在になってね)

(契約は為された)

(僕は、君のおにいちゃんになる。そして……)


(君は――僕のものになるんだ)


この世の誰よりも自由に泳げるようになれる。
人魚という、人ならざるものになり、人間の限界を超える。

失われたブルーベルの兄の代わりに、白蘭がこの世の誰よりも、自分を愛してくれる。

何の不満があっただろう?
自分の全てが、白蘭のものになる。何を惜しむことがあっただろう?

例えば、恋人に「君は僕のものだよ」と言われたならば、それは甘美な幸福であるのに違いない。
ブルーベルにとっても、そうだった。かつて両親よりもブルーベルを愛してくれたのは、兄だったからだ。

兄は、事故で死んだ。この世界から消えてしまった。ブルーベルは、そのことを普段無意識に封じ込めていたけれども、時折何かの弾みで思い出しては半狂乱になった。

(おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん…!!)

(ブルーベルのせいなんだ。ブルーベルが、おにいちゃんを消しちゃったんだ)

(ブルーベルが悪いんだ、ブルーベルが……!!)


今はもう、あの悪夢のような追憶に飲まれることはない。
兄の消失を、白蘭が埋めてくれたからだ。

(ブルーベルの、全部を、あげるわ、びゃくらん)

なんて、幸福なんだろう?
そして、ブルーベルは知った。

(びゃくらんは、ブルーベルの願いを叶えてくれる、悪魔だったのね…)

この世の神は、ブルーベルを救わなかったではないか。あんなに優しかった兄の命を、助けてくれなかったではないか。
"in excelsis"…天のいと高きところ、にいるという神は、その高みから静かに見下ろしているだけだ。人間が生きる地上に舞い降りることはしないし、人間の願いは、高すぎて遠すぎて届かない。

人間の近くに舞い降りるとしたら、甘い言葉を囁くのなら、それは悪魔なのだ。
悪魔だから、<代償>を求める。

だが、白蘭という白い美しい悪魔が求めた<代償>は、ブルーベルには簡単な事だった。
ブルーベルには、幸福ですらあった。
自分の全部が白蘭のものになるということは。

(ブルーベルは、幸せなのよ)

その幸福に影を落としたユニという少女も、白蘭にとっては<重要なアイテム>に過ぎないという事がわかって、ブルーベルの不安は晴れた。…はずだった。
重要、とはいっても、それはマーレリングやおしゃぶりのような<アイテム>なのだから。

ブルーベルは、そう言い聞かせていた。
ユニを白蘭に差し出せば、白蘭は笑って、いい子だね、頑張ったねと、ブルーベルの髪を撫でてくれるはずなのだ。

(僕の<もの>になるんだ)

……違うわ。ブルーベルは違うわ。
びゃくらんは、ブルーベルのおにいちゃんなのよ。

ブルーベルは、かけがえのないもの、の<もの>なのよ。

さあ、待っていなさいよ、ユニ。
あんたなんて、ブルーベルに捕まって、白蘭に利用されるだけの<アイテム>に、道具みたいな<もの>になればいいんだ…!!




「…ブルーベル。迷子かい?」


ブルーベルは、こんなところで自分の名を呼ばれるとは思わなくて、空中で立ち止まった。
そして、当たってはいるが、他人から「迷子」と言われるのはカチンと来る。

「誰よ、あんた」
「…誰、って訊かれるほど、僕は影が薄いんだね」

眼下には、大怪我をしたらしい青年が、木の幹に体を預けて座っていた。その横に松葉杖があるので、かろうじて歩けるのかも知れない。

「でも、僕は、君を知っているよ、ブルーベル」
早朝の風に青年の紅茶色の髪が揺れて、緑の瞳は柔らかく微笑した。

「春を告げる、いい匂いのする可愛らしい花の名前。青い髪は。水の青だね。……ブルーベル。僕の、人魚姫」

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