01

正一は、順調に回復して、GW明けから学校に通ってよいと医者に言われて退院した。

「まだ、体力が戻りきっていないから、欠席したり早退したりしながら、ゆっくり慣らしていく事になると思う」
『ん、無理しない方がいい。欠席分のノート、ウチの日本語と英語とイタリア語のミックスの奴でよければコピーしてやるけど?』
「あはは、ありがとう。語学のおさらいにもなりそうだね」
『学校に来るときは、荷物もってやる』
「ええ?大丈夫だよ。自分の荷物くらい自分で持った方が、筋肉付きそうだし」
『筋肉付けるのは、欠席と早退がなくなってから考えろ』

う、と正一が詰まると、電話の向こうのスパナの声が言った。

『ウチを頼れ、正一。その方が、ウチは幸せだ』

電話なのだから当たり前なのだけれども、耳元で囁かれたようで、正一の心臓はトクンと鳴って頬が赤らむ。

『復帰前に、正一のお見舞いに行っていいか?』
「僕の家に?お見舞いって言うほど、寝込んでる訳じゃないんだけど」
『本格的に寝込んでたら、それはそれで自宅にお見舞いって迷惑だろうからいいんじゃないか。そういう建前にして置いて。恋人呼びたいとか、家族に言えないだろ?』

かーっと、一気に、正一の顔が真っ赤になった。
電話じゃなくて、今目の前にスパナがいたら、甘い眼差しで笑って「正一可愛いな」と頭ぽんぽんしてくれたと思う。

……こいびとを、いえによぶ。

単に、遊びに行きたいと言ってくれれば、気軽にいいよと正一も楽しみにして、日程を合わせるのに、頬が火照って次の言葉が出てこない。
でも、スパナの段取りは速かった。

『いつならいい?祝日や日曜はマナー違反だよな。家族旅行とか、家でゆっくりとかするんだろうし』
「それは大丈夫だよ。末っ子の僕が高校生だし、姉さんは女子大生で独り暮らしを始めたばかりで戻って来ないから、特に家族イベントは無くってみんなバラバラなんだ。あまり気にしなくていいよ」
『そういうもんか。平日はどうだ?正一のお父さんって、平日も休みで埋めて、豪華に10連休だったりするのか?』
「父さんの会社はそんなに気前よくないんだよ…。2日続けて平日が跨がってるところに、泊まりの出張が入ってるよ…。この時期、交通機関は混みまくってるのに、流石に僕も同情するよ……」
『その、気の毒な2日って、4月30日と5月1日か?』(注1)
「そうだけど…どうかした?」
『学校は休みだ。PTA総会と体育祭の代休をそこに入れて、次の土曜も模試の代休が入って休み。気前よく8連休だ。でも、連休明けの日曜に模試が入っても、容赦無く月曜からガッチリ学校だけどな』
「うわ…。僕、復帰してすぐに倒れそうだよ……」

はぁと正一は溜め息をついた。
元々、ハードスケジュールの進学校だ。中学校の時から忙しくて、3年間それでやっていくうちに慣れたのだけれども、長い意識不明の寝たきり状態から復帰することを思うと、今更大変だなあと思う。

『じゃあ、その2日間は、正一とお母さんだけになるのか?』
「あはは、母さんもちゃっかりしててね、父さんが出張ならって、友達と1泊温泉旅行なんだよ」

4ヶ月以上の昏睡状態から目を覚まして、正一は驚いたのだった。
明朗だった母が、すっかり面やつれして、何歳も歳を取ってしまったように見えて。
……そんなにも、自分の恋は、母を、家族を置き去りにしたのだと、思い知った。

『そっか、お母さん、元気になれたんだな』
「うん。僕も嬉しいんだ。だから、1泊くらい僕は独りでも大丈夫だから、言ってきなよって言ったんだ」

『……独りにならなくたっていいだろ』
「え…?」
『その日に、ウチが正一の家に行けばいい』
「……………」

言葉が、出て来ない。どきん、どきん、と心臓が鳴る。

『正一は、ひとりでのんびりしたいか?』
「…………」

何秒、沈黙したのだろうか。電話は、たかが5秒程度の沈黙でも不自然なのに。
正一は、やっと、小さな声を出した。

「スパナが…来てくれるなら、……うれしい」
『そっか。ウチ正一のお父さんやお姉さんとも会ってみたいけど、正一とふたりきりなの、楽しみだ』

(ふたりきり…)

頬が、熱い。耳元で聞こえるスパナの声に、言葉に、胸が高鳴る。
スパナは、「正一とは出来るだけ長い時間いたいけど、あまり早い時間に行くのは正一の負担になるだろうから、常識的に朝の10時」「食事はスパナが作る。正一は作れないけれどもスパナが得意で、手料理を食べさせてあげたいから」「泊まり」「正一の母が夕方に帰ってくるのでそれまでには帰る」「行き帰りはスマホのナビを見て行くから道は心配いらない」
…ということで、テキパキと段取りをつけてしまった。

電話を切って、正一は壁に掛けてあるカレンダーを見つめた。
どきどき、する。その日が、待ち遠しくて。

「母さん、お客さん用の布団ってある?」
「無いわよ。そもそも、誰かを泊めるスペースがないもの。どうしたの急に」

正一は、友達が泊まりに来る、…というだけなのだから、こんなに緊張しておなかが痛くならなくたっていいのにと思いながら、GWにスパナが泊まりがけで遊びにきてくれることを伝えた。

「あら、そうなの。本当に仲良しねえ」
「う…うん。そうだね……」
「正ちゃんのベッドをスパナ君に貸してあげて、正ちゃんは明子ちゃんのベッドを使ったら?」
「あ…そっか。姉さん、独り暮らし用のベッドは買ったんだったっけ」

正一は、頬を火照らせつつも、ほっとした。
自分とスパナが、10年後の世界では恋人同士で、キスだけではない、その先の関係だったことは、覚えている。

でも、覚えているのと「出来るかどうか」は、違うのだ。
マフィア抗争、抗争を超えた戦争、命をかけていた日々、その中でスパナと過ごす時間は、唯一全てを忘れて安心して、めくるめくときめきに身も心も任せて幸福を感じる事が出来るひとときだったけれども……

正一は、自室に戻ってぽふんとベッドにうつぶせになった。
「あんなこと…、無理だよ…」

出来るとは思えなくて。でも、もし、したくないのかとスパナに訊かれたら、Noとは言い切れない自分がいる。

「あーもー!!」
正一は、紅茶色の頭を抱え込んだ。
「スパナだって…」

きっと、ふたりきりになっても、“あんなこと”は望まないのに、決まってる。
正一は、自分に恋をしてくれたスパナの心は信じているけれども、<初めて出会った>時に、スパナが14歳の正一を見て、全く魅力を感じなかった、未来の自分がどうして正一を恋人に選んだのかスパナ自身もわからなかった、……それは、事実なのだから。

その事実を思い出して、正一は少し悲しくなって、胸が痛くて、……でも、ほっとした。
10年先まで、背伸びをしなくても済むのだから……


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注1:2016年のカレンダーで


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