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夜11時近く。

正一がお風呂から上がって部屋に戻ると、玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だと、緊張しながらドア越しに「どなたですか」と訊くと、ぽややんとした声で「ウチだ」と返ってきてホッとした。

「どうしたんだい?連絡をくれれば良かったのに」
「したよ。でも、正一ラインも電話もメールも全部出ないし」
「あ…ごめん。そうだよね」

正一は、全部乾かさなきゃ寝癖が酷くて困る、でもこの季節は暑くてドライヤーがつらいので生乾きの天然の癖っ毛を掻いた。
「ついさっきまで、お風呂入ってたから」
「…………」

じーっとスパナが見つめるので、正一は落ち着かない気分になった。
「えっと…何?」
「それで、お肌がしっとりで、可愛くピンク色になってるのか」
「真面目な顔して納得しない!!暑くて赤くなってるのはそうだと思うけど、可愛くないから!!」
「ううん、可愛い」

スパナが、むぎゅぅと抱き締めたので、正一は一層頬が上気した。
「こ、今度は何!」
「ボディーソープとシャンプーのイイ匂い。正一の髪って、いかにも男のトニックシャンプーとかじゃなくて、青リンゴみたいな爽やかで甘い香り。ウチいつもドキドキしてるけど、お風呂上がりはいつもより香ってて一層ドキドキだ」
「癖毛用シャンプーだから仕方が無いんだよ!!」

これでも、一応いかにもなフローラル系は避けて、男女兼用でも良さそうなシャンプーを選んだつもりなのだけれども、スパナにはときめきポイントらしい。
そして、ボディーソープも正一はあまり肌が丈夫な方ではないので、デリケートな肌でも大丈夫…らしいものを適当に買っているのだが、こういうものは大抵あまり男らしくない仄かなフローラルの香りかもしれない…

正一が、あれこれゴチャゴチャ考えながらスパナの体温を感じていると、スパナがやっと抱擁を解いてくれた。
「すまない。正一せっかくお風呂でキレイにしたのに、自転車飛ばしてきたウチ、汗臭いよな」
「え…いいよ。僕は別に、スパナのにおいって嫌いじゃ…」

…ないし、と言いかけたところで、正一はスパナの青い目がキラキラなことに気が付いてしまった。
「ウチ、においが好きとか言われたら、何かもう理性が飛びそうな気がするんだけど、嫌いじゃないっていわれるレベルでも、ものすごくドッキドキになる。ウチまた正一をハグしたくなった」
「理性!?」

嫌いじゃない、とは言いかけたけど全部は言ってない!と正一は思ったけれども、読まれてしまった以上は何だかもう誤魔化せない。熱に負けてドライヤーはやめたのに、耳まで赤くなる心地がする。

「えぇと!玄関で立ち話もなんだから…」
「ウン。外行こ」
「…は?」

スパナは、にこりと笑った。
「今日は三日月だ」
正一は、目を瞬いた。
「もう夜中だよ?三日月なら、もう沈んでると思うけど」
「だから、月明かりが無くって、今年の七夕の空は星が良く見えるんだ」(注1)

正一は、そう言えば今日は7月7日だった、と思い出した。
でも、スマホやPCの日付を見ても何とも思わない程度に、自分がその日を特別に思っていたのは、ほんの子どもの頃に遡る。

「今日は晴れているのかい?」
「バッチリだ。織姫と彦星も今日はデート出来る。ウチらも行こ?」
「ウチら“も”って何だよ!も、って!!」

……とは、正一は言わなかった。
単に、仲の良い友だち同士で、綺麗な星空を楽しむだけだ。正一も、七夕の短冊を書くような年頃ではなくなっても、小学校高学年辺りまでは天体観測に興味があった。

「どこで見るの?」
「河原がいいと思う。近くにあまり明るい建物がない辺りで」

アパートの階段を下りると、スパナの自転車が止めてあった。
「Let's 2人乗りだ」
「何で!交通法規違反!!危ないし、警察に見つかったら結構罰金取られるよ!?」
「見つからなさそうな、交通量の少ない道行くから。正一せっかくお風呂に入ったのに汗掻くだろ?あと、ウチ的には正一を乗せてて倒れるとか有り得ない。ウチの命を懸けて安全運転する」

命を懸ける位なら、普通に僕も自転車の方がいいんだけど…と正一は思ったけれども、ここで正一が正しい主張で断ると、スパナが叱られた子犬のように(´・ω・`)ショボーン としそうな予感がしたので、荷台をぽんぽんと叩かれるままに後ろに乗ってしまった。
……ああ、僕は、どうもスパナの(´・ω・`)ショボーン には弱い。

「今日だけだよ?特別だからね?」
「ウン。織姫と彦星にも特別な日だもんな。ウチらも特別」
「…………」
いちいち、“も”と言われると、正一は頬が火照ってしまうのだけれども、夜で良かった。

可能な限り大通りを避けて、河原に向かう。春には桜の名所になる並木が続いていて、3月にはスパナとふたりで見に来たことがある。
その季節にはライトアップされて夜桜も綺麗なのだけれども、今はしんと静まりかえり街灯もまばらで、ランニングの人ひとりと、ウォーキングの老夫婦と擦れ違っただけだ。

昼間にトレーニングするよりもいいのだけれども、こんな熱帯夜は大変だなあと殆どスポーツをしない正一は思う。
そこまで思って、正一は気付いた。スパナが自転車を漕いでくれるので、自分だけが風に吹かれて気持ちいい。
スパナの背中は、汗で湿っているのに。

「スパナ、もういいよ、歩こうよ」
「何で?正一は風が気持ちいいんじゃないか?」

お風呂上がりを気にしてくれたスパナは、始めからそのつもりだったのだ。
確かに、風は気持ちいいのに、涼しいのに、正一は頬が赤らんだ。スパナの気持ちを傷付けずに自転車を降りるには……この科白しか、ないと思う。

「えっと…。ふたりでゆっくり歩くのも、いいんじゃないかな…って……」

スパナの自転車が、止まった。振り返った笑顔は、外灯に照らされて嬉しそうに笑っているのがよく見えた。
「そっか。今なら、並んで歩いても車の邪魔にならないもんな」

自転車から降りて、スパナの手が正一の頬に触れた。
「な、何?」
「涼しかったのに赤くなってる正一、可愛い」
「…………」

……外灯は、スパナだけじゃなくて僕も照らしているんだった……


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注1:2016/07/07は三日月です。

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