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大切な人が余命はあと何年、或いは何ヶ月と言われて、毎日いつか来る死をひしひしと感じながら看病をし見守る方ががつらいのか。
それとも、毎日同じ生活が続くのだと疑った事も無く、朝は元気に行ってきますと別れたのに、突然にそれが永遠の別れになる、その方がつらいのか。

スパナは、もう物言わぬひととなった祖父の柩の前で、静かに思った。…わからない、と。
きっと、永遠に、わからない。

何故なら、スパナの「大切な人」はたったひとりで、そのたったひとりが今日死んだのだから、次は無い。

ほかに誰とも付き合いがない訳ではない。友人もいる。
だが、祖父は特別だった。スパナには唯一の肉親で、唯一の家族だったから。

そして、スパナが一番憧れたのは祖父で、スパナは祖父のような技術屋でありたかったのだし、祖父を超えたいとも思っていた。
祖父が応援してくれていたように、祖父自身は叶わなかった大学への進学を果たし、機械工学の一流の、…

……やはり、自分には「科学者」という肩書きはピンと来なくて、やはり技術屋を名乗りたいのだと、スパナは思った。
祖父が、今日までそう誇りを持って名乗っていたように。

突然の交通事故死で、まだ14歳のスパナは祖父の死を祖父と付き合いのあった人々に広く伝えることを思い付かなかったので、参列者の少ない葬儀となった。
カトリックのイタリアは、肉体がなければ蘇れない、天国へゆけないという理由で土葬であった歴史が長いのだが、スパナの祖父は日本文化に詳しかったしイタリアの墓地不足という事情も考慮して、自分が死ぬ時が来たら火葬がよいと、以前漠然と話していたことがあったことを思い出して、それは訪ねてきた大人に頼んで手配して貰った。

そして、骨壺を埋葬する。
葬儀にしろ埋葬にしろ、周囲の人間が啜り泣いているのが、スパナには不思議だった。搬送された病院で、即死だったという祖父と対面した時から、スパナの目は少しも潤うことが無かったからだ。

ただ、即死ならば苦しまずに逝ったのだろうと、そして即死するほどの事故であったのに、遺体はきれいで眠っているように見えたのが、よかったと思った。

「Scusa, sono in ritardo.」(遅れてすみません)

背後で、息を切らして詫びる声がした。
スパナは振り返り、誰だろうと思った。見覚えのない、…髪と目の色は明るいが、東洋系なのだろうか。東洋人なら、スパナと大差ないような年齢に見えても大人なのだろうか。

葬儀に来たのは、近所だったり仕事での連絡が密であったような人と、彼らが呼んだ人々であって、スパナは何もしていないのだから、遅れるも何もないのだが、来てくれたということは、祖父と親しい間柄なのだろうか。
そして、東洋人なら…

「あんた、誰?」

日本語でスパナが問うと、眼鏡の向こうの緑の瞳が、驚いた様子でスパナを見つめた。

「…IRIE Shoichi」

子音の響きの間に母音が必ず入る。
「やっぱり、日本人か。ウチ日本語わかるから、日本語でいいよ」
「そう…ありがとう。君のお祖父さんが、話していたそうだよ。もう一人前の技術屋で、努力家だって。日本語の勉強も頑張っていたんだね」

緑の瞳の青年は、スパナを痛ましいと思ったのだろうか。控え目に微笑した。
「僕の父が、イタリア支社に居た頃に、君のお祖父さんと親しくしていたんだ。将来、君を日本の大学に進学させてあげたいっていう話を聞いて、僕の家がホームステイ先になるはずだったんだ」

スパナも、自分の知らないところで祖父がそんな話を進めていたのかと驚いたけれども、すぐに気付いた。
イタリア支社、というならば仕事関係の繋がりでこの青年に連絡が行ったのだろう。しかし、…

「いちいち過去形だな。親しくしていただの、はずだっただの」
「うん…。僕の家族も、半年前に死んでしまったから」
「家族…?」

さっきまで、父と言っていたのに、今青年は、家族、と言った。
「僕は…独り暮らしをしているから。ホームステイって言うより、ふたり暮らしっていう感じになるけど、それでもいいかな」

スパナは、返事が出来なかった。
この、イリエ・ショーイチという青年は、父親だけではなく、共に暮らしていた家族全員を亡くしたのだ。

そして、祖父の頼みをショーイチの父が引き受けた、その約束を彼が果たそうとしている。

「スパナ…だったね。日本の大学は、最短で高校を卒業して18歳になってからなんだけど、3年後って父さんは言っていたから、君はもうすぐ15歳なのかな。……3年早くなってしまったけど、僕と一緒に日本に来ないかい?」

今日、祖父を失った。独りになった。
そして今、憧れの国へと、その国の青年が誘う。突然に訪れた、一筋の光のように。

「もし良かったら…これから、僕の家族になって、僕と一緒に暮らしてくれないかな」

日本人らしい言い方なのか。それとも、この青年がそういう人間だからなのか。
家族になろうと馴れ馴れしく押し付けることもなく、まだ14歳の子どもが独り残されて寂しいだろうと勝手に決めつけることもしないのだと、スパナは緑の瞳を見つめ返した。

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