01

薄暗い廊下を、ぺたぺたと歩く小さな足。
少女はマントを羽織ってはいたけれども、全身はずぶぬれで、足跡以外にもぴちゃぴちゃと大小の水滴が無造作に床に散った。

マントには、膝まで届く長い青い髪が貼り付いて、この髪が一番水を伝わせているのかもしれない。

10歳とすこし、といった印象だが、彼女が小柄であるのと、あどけなく可愛らしい顔からそう推定されるだけで、本当は10代半ばなのかもしれない。

それとも、この少女には年齢などないのだろうか。
幻想的な青い髪。全身水を浴びた姿。
少女はまるで、水の妖精のようだった。

しかし、その妖精は、黒いマントと共に、どこか不吉な何かを纏っていた。

「ブルーベル様!」

女の声に、少女は不機嫌に振り返った。
駈け寄ってきたのは、2人組の…恐らく、若い女。目の部分をマスクで覆っているので、その表情は見えない。しかし、この女たちは、そのマスクを外したところで大量生産のマネキンのように顔をしているのだろうと、少女は醒めた心で思った。

「にゅっ。なぁによう、チェル」
「こちらは、真6弔花の皆様の出入りは禁じられています」
「だから何?」
「白蘭様がお決めになったことです。私達はそれ以上の事は存じません」

白蘭、の名に少女は膨れ面をした。
「びゃくらんになら、あとでブルーベルが自分で言うわよ。ブルーベルの探検を邪魔しないで」

少女には、自信があった。白蘭は、自分をとても可愛がってくれているのだ。
いつもにこにことして、自分の髪を撫でてくれて、たくさん人間を殺した後には、ご褒美に甘くて美味しいお菓子をくれて、一緒に楽しいティータイム。

「お戻り下さい」
「ブゥーーーだ!!ブルーベルは、あんたたちの言うことなんか聞いてあげないんだからね!!」

すっかり機嫌をそこねた少女は、

……笑った。

この少女は、人を殺すとき、いつも笑うのだ。
彼女が、兄のように慕う白蘭がそうであるように。

少女の細い腕が、ゴウッと竜巻に姿を変え、ふたりの女は目を隠してもなお恐怖の表情を浮かべたのがわかった。
その水の竜巻はあっという間に女達を飲み込み、もがき苦しむふたりは、床に叩き付けられた。

「心の広いブルーベルに感謝してよね。気絶に手加減してあげたわ。殺すと騒ぎになって面倒かもしれないし」

もう興味は無いと、倒れている女を振り返りもせず、少女はまたぺたぺたと歩き出した。
……この先だ。用があるのは。

「ふーん…これって、静脈認証?ブルーベルには関係無いけどね」

少女は、細い指にはめていた指輪をかざした。楕円形の乳白色の宝石の周囲は羽根を模した飾りが付いていて、その宝石は少女の指で青く美しい光を放った。

「やっぱりね。天才だか何だか知らないけど、本物のマーレリングの前には無力ね」

自動ドアが開いて、少女はつかつかと中に入った。最新の…この世界には本来存在しない高度な科学技術力が集結された研究室。
少女は、真6弔花の秘密のテリトリーを脱出して、「表のミルフィオーレ」基地を<探検>して、ここにいるはずの科学者を<見物>しに来たのだった。

「ちょっと。セキュリティが破られたんだから、少しは驚いたりアクションしなさいよっ!」

少女が怒って小さな足を踏み鳴らそうとしたとき、
……気付いた。

「ちょっと…あんた。何してんのよ」

少女は呟いたが、ほぼ独り言だった。
見ればわかる。この研究室の責任者は、机に突っ伏して寝ていたのだった。やや顔を横向きにしているのは、眼鏡が歪まないように多少は気を遣っているのかもしれない。

白蘭から聞いていた年齢よりも、若い…というよりも幼い、とブルーベルは眉を寄せた。
この、メガネの中学生チックな男が、表向きとはいえ白蘭の副官で、人形と化したユニを除けば実質的なミルフィオーレのNo.2?

「にゅーっ!入江正一っ!あんた、仕事中なんじゃないの!?何を“だみん”をむさぼってるのよっ!!」

少女は、<入江正一>の肩を掴んでゆさゆさと乱暴に揺さぶった。
「おーきーろーーー!!!」

「…え?…あ、ごめん、また居眠り……」

ブルーベルを振り返った青年は、眼鏡越しの緑の目を瞬いた。

「えっと…、誰だい?」
「…………」

ブルーベルは、しばらくその瞳から、目を離せずにいた。
どうしてか、以前に会ったことがあるような、不思議な感覚がしたのだ。

人物データは予め見てきたのだから、顔はもう知っている。でも、そういう「知っている」ではないのだ。
遠く、どこかで、この緑の瞳に笑いかけて貰ったことがあった、そんな気がした。

(ブルーベルがちっちゃいこどもだからって、いつかわすれるって、そうおもってるんでしょ!)

(やくそくしたって、むだだとおもうから、かんたんにやくそくするんでしょ?)

少女は、零れるように呟いた。

「…おぼえて、ないわ…」

何の約束だった?
…覚えて、いない。

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