T 「7本」 ヴェルデと風

 
久しぶりに気温が高く、天気も良い日だ。
かといって、2月であるのだから、木陰でうたた寝をするのはずいぶん寒いのではないかと思うのだが。

まあ、私もスーツに白衣1枚羽織っただけで外に出て来たのだから、結構寒い。
だが、人間とは慌てると間抜けにも必要なものが頭から抜け落ちる生き物で、今日の私もそれに倣ってしまった。数百年にひとりの頭脳が聞いて呆れる。

さくりと芝生を踏む。僅かな音だが、風には聞こえているだろう。
聞こえているからこその無敵だ。

美しくも可愛らしい、これで男とは罪だろうと思うような寝顔は、無防備で安らかに見える。
それでも、微かであっても敵意や殺意を感じるのなら、美しい切れ長の目はスッと野生の光を取り戻す。

或いは、私の動体視力を遙かに上回り、私が気付いた時には、風の足元には死体が転がっていることだろう。

全く、物騒な美人だ。
その物騒な美人に、命は持って行かれなかったが、心は見事に奪われたのは私なのだが。

……ああ、風は別に奪ってはいないか。
私が、恋という実に平凡な現象に、勝手に落っこちただけのことだ。

風は、目を開けない。
風邪を引くぞ、くらいに声をかけるのが無難なのだろうか。だが、風が強靱な肉体を持っているのは間違いのないことで、2月の庭でうたた寝をするくらいで体調管理を怠り風邪を引く、などというのは有り得ないことなのだろうとも思う。

声が、出ない。

私の足音が近付くことくらい、わかるだろうに。
風の聴覚ならば、知り合いの足音くらい聞き分けて、正体が私であることに気付いていても、私は特に驚きはしない。

私は、風に特別な感情を抱いているが、少なくともそれは敵意とも殺意とも程遠いので、風の中での私の認識は「無害な知人」もしくは仲間、あたりであろうか。
私は、選ばれし7人というご大層なネーミングのグループに名を連ねてはいるが、特に仲間意識は無い。
所詮は、何奴も此奴も、自分の能力を存分に生かすゲームのようなミッションを楽しみ、ついでに破格の報酬が付いてくるというので参加しているだけだ。

本当に、私が間近に来たというのに、風はまだ目を閉じている。
ここまで来ると、お前は私を無視しているのかと、ムッとして、そして……私は、多分傷付いているのだろう。

好意の反対は無関心、とはよく言ったものだ。

カサリと、花を包んだセロファンが音を立てる。
私は膝を付き、風の美しくもどこかあどけない寝顔に唇を寄せた。
リボーン辺りならいきなりディープキスをかますのかも知れないが、私はもっと常識をわきまえている上に臆病だ。

紅を差した訳でもないのに、仄かに赤みを差した唇。
私は、これが最初で最後だろうと、微かに触れるだけのキスをした。

「寝たふりは終わったか?」

無敵の拳法家とやらの美人は、うぶにも真っ赤になっている。

「あの…、どう、したのですか?」
「キスしたくなったからキスをした。それ以外に、お前は私に興味などあるのか?」

ない、などとは答えないのが、この物騒な癖に人格は温和、という不思議な青年の特徴だ。
興味はない、と言えないのを承知で私は風のことばを封じたのだった。

私は、一方的に告げたいだけだ。
数百年にひとりの天才も、恋に関しては平凡な人間だ。傷付くのは最小限にしたい。

「中国では、こうするそうだな」
私は、薔薇の花束を差し出した。

「貧弱な見栄えですまんな」

バラの花は7本。かすみ草を添えれば、かさ増しされてそこそこの見栄えになったかも知れないが、それは私にとっても風にとってもどうでもよいことだろう。

「あの…私は男なのですが」
「ふん。そういう返答をするということは、お前は中国人か?」

私は、この青年の素性を図りかねている。普段、7人の会話は英語で、風の英語は流暢だが、微かに中国語と日本語と、どちらの癖も持ち合わせ、容姿もどちらでも意外性はないからだ。

「まあ、お前がどこの国の人間であろうと、赤い薔薇の花言葉は有名に過ぎるな。愛だの情熱だの、そういう花だ」

要するに、この日は2月14日で、バレンタインデーというイベントの日だ。
日本なら女から男へチョコレートという菓子屋の陰謀があるが、それ以外の国は男から女へ何かしらのプレゼントをする事が多い。中国でも同様で、この日の薔薇の値段は5倍跳ね上がるほどに薔薇が定番だ。

「お前の性別くらい認識しているが、お前は美しすぎる。諦めろ」
「あ…あの、お花は…ありがとうございます」

戸惑っているようだが、素直に受け取った。
困っていても要らないとは言わないのが、風の罪なところで、しかしそうと知っていたから、私は柄にもなく花を押し付けるという行動に出ることが出来たのだ。

「愛と情熱はスルーか?」
「……ありがとうございます」
「穏便な振り方だな」
「え…?」

私は、そんなことも分からんのかと苦笑した。
「“愛している”に対して“ありがとう”というのは、“友達でいましょう”レベルのシャットアウトだろう」

2月にしては陽気がいい、といっても、微風はやはり冷たくて、変にあたたかい日よりも失恋には良い季節なのだろうと思った。

「中国は、なかなか凝った国だな。薔薇の本数にも意味があるとは知らなかったぞ」
「…意味があるのですか?」
「まあ、中国のバレンタインデーは歴史が浅いし、お前はいかにもこういうことに無頓着であろうから知るまいな」
「すみません…」
「何故謝る?何でも謝るのはお前が日本人だからか?…どちらでもよいがな。お前に深紅の花が似合うのには変わりはない」

私は、さっさと本数の話を教えてやることにした。
「例えば、15本だと、貴方にはごめんなさいとか、気の毒とかいう意味だそうだぞ。そんなもの、高価な薔薇をプレゼントして女に平手打ちを食らうよりは、普通の日に別れ話をすれば良いと思わんか?」
「そうですね……」

風は、こいつにしては珍しく遠い目になったが、やはり罪なほど可愛らしく頬を染めたまま、私を見つめ尋ねた。
「7本の意味は…?」
「密かにあなたを愛しています、だそうだ。まあ、薔薇を押し付けてキスまでかっ攫ったのだから、既に密かも何もないな。お前にその気が無いのは知っているが、告げるのは私の自由だ。キスは、お前もファーストキスでもあるまいし、犬に噛まれたとでも思っておけ」
「…………」

風は、恥じ入った表情で、少し俯いた。
「……ファーストキスです」
「…………」

私は黙した。驚いたが、これは流石に詫びるべきか。
「すまん。悪かった。だが、今のはカウントに入れるな。私の身勝手だが、私もお前を好いている以上、傷付いて欲しくない。いつか巡り会う、お前が本当に好いた相手と初めて交わすのが、お前の本当のファーストキスだ」
「…………」
「お前のことだ、花に罪はないと思いそうだが、その花を見て辛くなるくらいなら、捨てて構わん。…捨てろ」

私は、後悔した。一方的に想いを投げつけて、自分だけが失恋というものに少々傷付けば済む、などと自分のことしか考えていなかったということに。
しばらくは、私の顔も見たくはないだろうと、私は立ち上がると風に背を向けた。

「…ヴェルデ!」
どこか懸命な響きの声に呼び止められて、私は思わず振り返った。

「中国流は、ひたすら男性が贈りっぱなしです。女性からのお返しはありません。でも、日本なら、1ヶ月後にお返しをする習慣があります」

そう言えば、日本にはホワイトデーという、これも菓子屋の陰謀で、男から女にお返し、という日がある。

「私は女ではないぞ」
「し、知っていますけど」
「ついでに言えば、義理は要らん」

風は、花束を抱いて言った。
「……義理ではありません」
「…………」

意外な返事に、私の優秀な頭脳は、3秒も停止した。

「こんなことが可能なのはお前だけだぞ」
「え…?何のことでしょうか」
「お前がくれるというのなら1ヶ月後に貰うが、心の方は1ヶ月待つには私はせっかちだ」

私は、花束をつぶさぬように、そっと風を抱き締めた。

「愛している」
「…………」
「返事くらいしろ」
「……ちゃんと、ファーストキスです」
「随分遠回しの告白だな」

2度目のキスは、甘く、深く。




〜Fin.〜

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