02

「…白蘭サンを捜しているのかな?」

青年…入江正一が、少女…ブルーベルの頬をそっとハンカチで拭いてくれて、ブルーベルは初めて、自分が泣いていたことに気が付いた。

でも、慰めて貰いに来たのではない。
ブルーベルは、白蘭が親友と呼ぶ、しかし裏切るという<入江正一>という人物が気に入らないので、直接確かめに来たのだ。

ブルーベルは、ハンカチを持った正一の手をピシリとはね除けると、キッと青い瞳で睨み付けた。
「どーして、びゃくらんをさがしてるって思うのよ」
「僕は、ミルフィオーレの人材は全て覚えているんだ。君はその中には入っていないから、白蘭サンが個人的に連れて来た子なんじゃないかと思ったんだよ」

天才、という称号はだてではないらしいと、ブルーベルはむっとした。利用していただけとはいえ、白蘭が一目置いて副官に置き、技術部門の総責任者も兼ねているだけのことはある。
でも、正一が全て把握しているという人物の中に、ブルーベルは入っていないならば、どうして白蘭が独自に集めた真の側近だという、簡単な事実に思い至らないのだろうか?

(おひとよしだわ…)

ブルーベルは、その自分の物思いに、一抹の悲しさを感じて、そのことに気付いて自分で許せないと思った。
入江正一。この男は敵だ。

「さっき、起こされたときに盛大に叫ばれてしまったから知っているようだけど、僕は入江正一。君は?」
「あたしは、」

ブルーベルよ、と答えようとして、ブルーベルはべーっと舌を出した。
「ブゥーーーだ!!何であたしの名前をあんたに教えてあげなきゃなんないのよっ!」
「普通、初めて会ったら自己紹介しないかい?」
「知らないわよそんなの」

気に入らない。どうして、あたしの名前なんて聞くの?
あたしだけじゃない、あんただって、<約束>どころか、あたしの名前さえ覚えていないじゃないの。

白蘭が教えてくれた。<ブルーベル>は、花の名前なのだと。
その名前の通りに、かわいいベルが沢山連なった形をしていて、いい匂いがする春を告げる花の名前だと。

「じゃあ…“セイレーン”って呼んでもいいかな」

ブルーベルは、ぱちぱちとつぶらな青い目を瞬いた。
「何それ?」
「海の精霊の名前だよ」
「にゅ…海の精霊?」

ブルーベルは、海が好きだ。
以前は、優秀な水泳選手として、泳ぐのは専らプールだったけれども、白蘭から大きな力を授けられてからは、プールはもう狭いものとなり、広大な海、そしてもっと広く拡がる大空さえ泳げるようになった。

誰よりも自由な、人魚のように。

「昔は、上半身が人間で、下半身が鳥だったらしいんだけど」
「にゅーっ!とりぃぃぃ!?」

ブルーベルは、「ニワトリっぽい何か」を思い浮かべて叫んだ。
「入江…!!あんた、死にたいのね!?今すぐ死にたいのね!!」
「死にたくないんだけど、中世になると、鳥じゃなくて魚になって、人魚の姿をしているって言い伝えられるようになるんだよ」
「……にんぎょ…」

ブルーベルは呟き、正一を見つめ返した。

(森の、みどり…)

「とても綺麗な声をしていてね、船乗り達を惑わして、その船は転覆するんだけど」
「にゅーーーっ!!何その、精霊っていうより妖怪みたいな感じーーー!!!」
「あはは、妖怪じゃないよ。…とても綺麗な声で、美しい歌を歌うから、船乗り達は心奪われて海に落ちてゆく。怖ろしい存在と言い伝えられているのに、多くの画家が、声だけじゃなくて姿も美しい人魚のセイレーンを描き残しているんだ。精霊だから、必ずしも人間の味方じゃない。……神様ですらそうであるようにね」

(僕はね、超次元の創造主になるんだよ)
(そうぞうしゅ…。かみさま?)

(そうだよ。この世界の神様は、ブルーベルには残酷だっただろう?)
(君から、自由に泳げる足を、大好きだった水を取り上げてしまうだなんて)

(僕は、そんなことはしないよ)

「青い髪をしているんだね。こんなに長くて綺麗な髪、初めて見たよ」

正一の声に、ブルーベルは我に返り、真っ赤になった。
「にゅにゅーーーっ!!何よ、入江の癖にころしもんくーーー!!!褒めても何も出ないわよっ!!」
「あはは、出なくていいよ」

正一は、笑った。
「君の本当の名前は知らないけど、代わりに呼ぶなら、人魚のセイレーンかなって思ったんだよ」
「にゅ…」

正一は、ブルーベルも覚えていない<約束>を、やはり覚えていない。
それなのに、ブルーベルを見て人魚のようだと言うのだ。

「…いいわよ。セイレーンでも、何でも」

見物しに、来ただけ。
でも、ブルーベルは胸が痛んだ。
白蘭曰く、「正チャンは、僕よりも<この世界の神様>の味方なんだよ。だから、親友の癖に僕を裏切るのさ」…

びゃくらん…ちがうわ。少しだけ、違うのよ。

どうして、入江が<この世界>を守ろうとしているのかは、わからない。
でも、入江は知っているのよ。<この世界の神様>は、人間の味方じゃないんだって。

入江が守りたいのは<この世界>で、<この世界の神様>じゃないのよ。
ブルーベルにはうまく言えないけど、このふたつは、全然ちがうことなのよ。

誤解だわ、びゃくらん。
入江はきっと、びゃくらんを裏切るときが来ても、びゃくらんは大切な親友で、好きなままでいてくれるのよ。

「君…!その指輪は…!!」

ブルーベルは、はっとした。
正一は、愕然と硬い表情でブルーベルの手を見つめていた。

白い細い指に輝く、雨のマーレリングを。

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