02

2時間経過。

「アハハハハ正チャン頑張るな〜」
「白蘭様…いくらなんでも、アレはリングにタオル投げてやった方がいいんじゃないですかねえ…」

白蘭は面白がっているようだが、ザクロは常識的に気の毒そうな視線を向けた。

「あれだけカッコ悪けりゃ、入江がいくら天才でも自尊心が折れるんじゃありませんか?」
「第三者にはカッコ悪くても、ブルーベルの目にはカッコ悪くないんだよ。愛なんだよ♪」
「心配いりませんよ」

優雅に滑ってきた桔梗が言った。

「自尊心が折れる前に、入江正一の体力の限界が来ます」

そんな3人の会話は離れていたので、正一とブルーベルには聞こえていなかった。
しかし、ブルーベルの言う通りに散々真っ直ぐに滑らされ(てもなお蛇行して)ザシャアァァ!!!と転んだり、どっかに突っ込んだりを数え切れないほど繰り返し、それは痛いのでボーゲンに変更することにして、今度はのろのろ進んだがやっぱりこける、ヨロヨロ斜面を上がって、これも延々と繰り返し、更に1時間経過。

正一は、スキーの板を靴から外すと、バタッと雪の上に大の字に転がった。
「ちょっとっ!!入江生きてるっ!?」
「何とか……生存、してる、けど…」

はあはあと息をしながら、正一は途切れ途切れに言った。
「体力…が…限界……」
「にゅ。じゃーしかたがないわ。休んだらもっかいチャレンジよ」
「もう1回…って、何百回のこと?」

ブルーベルは、何となく困った。
今までの分を1回とカウントしていたからだ。だが、正一はどうやら、「何度滑ればいいのか」と尋ねているらしい。

「……3時間、経っているんだよ」
「にゅ?案外すぎてたのね」
「いつまでも、倒れてたら、邪魔だね…」

正一は身を起こした。

「3時間やってて、君の目で見て、僕はちょっとでも上達したと思う?」

ブルーベルは、流石にこれは言えないと思った。
全く進歩がない、のは明らかに過ぎて、お世辞の言いようもなかったからだ。

「えっと…。あきらめたら、楽しくないわ」
「僕は…全然上達しなくても、始めの30分くらいは、楽しかった…かな。君の言う通りにしてあげられたし、君も楽しそうだったから」

でも…、と正一は続けた。
「僕が、勉強とゲーム以外はさっぱりだっていうのは、君は僕からも、白蘭サンからは面白可笑しく聞かされているよね。……ブルーベルは、水泳のほかにも、何かと器用で出来ることも楽しいこともたくさんあるみたいだけど、…僕は、そうじゃないんだよ。……一番大切だった、音楽の夢すら、諦めたみたいに」
「…………」

正一は、疲れた様子で、小さく笑った。

「僕は、君とは違うんだよ。…もう、勘弁してくれないかな」
「…………」

ブルーベルが返事をしないうちに正一は立ち上がり、スキーの板を片付けに行った。
そして、延々と雪だるまや雪山を作っていたらしいデイジーに声をかけて、一緒に遊び始めた。

(君とは違うんだよ)

突き放されたような、気がした。

「ブゥーーーだ!!入江のヘタレっ!!どりょくが足りないわっ!!」

ブルーベルは叫ぶと、えいっとスピーディーに滑り出した。
慣れている速度よりも、ずっと飛ばした。やりきれない気持ちを、風で振り払うように。

ブルーベルも、本当はわかっていたのだ。
正一は、子どもの頃に、冬が来る度に何度か家族でスキーに出掛けたことがある。真面目な正一のことだから、せっかく両親が連れて来てくれたのだからと、運動は苦手なのに一所懸命頑張ったのだ。

それが何年に渡ったのか知らないけれども、正一はその度に、進歩しない自分を悲しいと思いながら、楽しさとは程遠い気持ちで練習を繰り返したのだ。

努力しても、出来ない事はある。
それは、ブルーベルも知っていた。

水泳の才能が有るブルーベルは、どんどんタイムを伸ばして色々な大会で既に入賞したりメダルを取ったりしていたけれども、その一方で平凡な成績しか残せないまま伸び悩み、スイミングスクールを去って行った子は何人もいるのだ。

学校に行けば、信じられないことに「泳げない」子までいる。

勉強もそうだ。ブルーベルは水泳があるからいいもん!と開き直っているが、怠けているわけでもないのに、寧ろ頑張っている様子なのに、ブルーベルと大差ない成績の子もいる。

正一は、白蘭曰く「天才なのに努力家」だそうだけれども、その時付け加えたことがあったのだと、ブルーベルは思い出した。


(まずさあ、“素質”ってのは、傍目にも明らかに存在するよね)

(ブルーベルは、すぐに泳げるようになって、あっという間にタイムが伸びただろう?)

(正チャンの知能指数なんて、軽く200を超えてると思うよ)

(よく、自分は天才じゃない、努力しただけだって言う奴いるけどさ、とんでもなく傲慢だね)

(だって、“絶え間なく努力し続ける事が出来る”っていうのだって、才能なんだからさ?)

(努力し続けることが出来なかった人間は、怠け者なの?弱いの?弱いのは、悪いことなの?)

(その努力が続いた上に、花開くっていうのなら、紛れもない天才なのにさ?)



(……その逆にね)

(残酷なくらい、ダメなものはダメ、ってこともあるんだよ)


ブルーベルは、泣きたくなった。
誘った段階から、正一が気乗りしない様子だったのはわかっていた。それでも付いて来て貰ったのは、一緒に楽しいという気持ちになりたかったからだ。
ブルーベルが楽しくて、正一も笑ってくれる、ただそれを望んだだけなのだ。

(自分は出来ない、って何度も思い知らされるのはイヤだから)

(もう1回…って、何百回のこと?)


正一が、疲れ切っていても、小さく笑ってくれた顔が頭をよぎる。

……ブルーベルは、あんなお顔をさせたいわけじゃ、なかったのよ。

「きゃ…!!」

考え事をしていたからなのか、スピードを出しすぎたからなのか、ターンに失敗して大きくコースを外れた。
それでも大丈夫なようにゲレンデは整備されているはずなのに、ブルーベルは悲鳴を上げて落下した。
 

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