01

「これは、結構面白かったわ」
「ギリシャ神話だね」
「にゅ。かみさまなのに、風紀が乱れまくりよ」
「…………」

確かに、そうかもしれない…と、正一は遠い目になった。ギリシャ神話の神々は、人智を超えた力を持っている一方で、その感情は極めて人間的なのだ。

「フツーにきょうだいで結婚するのがシュールだわ。むやみに子沢山ね。子はかすがいとかいうけど、あんまり幸せそうじゃないのはリアルよ。親子でころしあいやっちゃうのもなまなましいわ。そんで、浮気だらけよ。いちばんえらいゼウスがタラシ男でサイテーだわ。ヘラはどーしてりこんしなかったのかしら?それに、戦いのかみさまって何?バトルのかみさまってアリなの?実際、このひとたち、戦争やりまくりよ。天地をゆるがしちゃって、人間よりもはるかにダイナミックだわ。このひとたち一体何やってんの?でも、よみものとしては結構おもしろいわ」
「そうだね…」

確かに、ちょっと過激な昔話と思えば面白いかもしれない。                      
「でも、こっちはむずかしいわ。いやがらせかと思うくらいむずかしいわ。おまけに分厚いわ。これもいやがらせなの?」
「……。でも、読んでみたんだね」

正一は、意外に思った。
聖書だ。

「どうして聖書?ギリシャ神話とかなり違うと思うけど」
「かみさまのおはなしだからよ」
「…………」
「びゃくらんは“みらい”で、この世界のかみさまが大っ嫌いだったんでしょ?かみさまが作った世界が大っ嫌いだから、ぶっ壊そうとしたんでしょ?」

正一は、聖書を手に取ったまま黙った。
白蘭は、超時空の創造主になると言っていた。

創造主の座に就く。それは全知全能の「神」に成り代わるという禁忌。

「ブルーベル、未来の記憶をうけとったとき、ちっちゃかったからよく覚えてないわ。だから、びゃくらんのこと、もっと知りたいと思ったのよ」
「……。白蘭サンをわかってあげたいのなら、あの未来のことはもういいんだよ。今ブルーベルの傍にいてくれる白蘭サンを見つめてあげて、わかろうとしてあげればそれでいいんだよ」

ブルーベルが、つぶらな青い目を瞬いた。
「やっぱり、入江はびゃくらんの親友よ。びゃくらんも、入江と同じことを言ったんだもの」

(ブルーベル。気持ちは嬉しいけど、僕をわかってくれるのなら、消えてしまったことよりも、今ここにいる僕のことをわかってほしいんだよ)

「でもね、なっとくがいかないのよ。びゃくらんと入江は、その未来で出会ったから親友なんでしょ?ブルーベルだって、未来であえたから、びゃくらんと一緒にいるのよ」
「……そうだね」
「ねえ、消えてなんかいないわ。ぜんぶ繋がってるのよ。そうでしょ?でも、びゃくらんがマシマロもふもふではぐらかすから、桔梗に頼んだのよ。そしたら、これくれたの」

桔梗が与えたという聖書は、比較的読みやすい口語訳だ。
「全部読んだのかい?」
「…パラパラってかんじよ」

やはり読書はちょっと苦手、なブルーベルはふくれている。

「いちおう、文章はよめるのよ。でも、内容がかなりイミフでイヤになるのよ。…天才の入江は文系でも意味が分かるとか言うと思うけどっ!!」
「そうでもないよ。大人でも結構イミフだから。だから、かなり有名なフレーズじゃないと知らないとか、教会で牧師さんに解説して貰わなきゃよくわからないとか、……ああ、イタリアはヴァチカンがあるからカトリックで神父さんなのかな」

にゅ?とブルーベルは小首を傾げた。
「入江でもわかんないの?」
「僕なりの解釈はあるけど…、聖書は例え話がすごく多いんだよ。ただ文章のまま読み上げても意味不明とか、読んだ人によって解釈が分かれてしまうとか、神父さんや牧師さんでさえ教えが結構バラバラだと思うよ」
「にゅにゅーっ!なにそれー!!じゃあ、何をどう信じたらいーのか、わっかんないじゃないのっ!!」
「……そうだね。わからない。白蘭サンも案外博学なひとだから、読んだことはあると思うよ。……でも、解らなかったと思う。僕も解らなかった」
「…………」

正一の横顔は、微笑を浮かべていたけれども、静かな悲しみを湛えているように見えて、ブルーベルはいけないことを言ってしまったのだろうかと思った。
読むべきじゃ、なかったのだろうかと、思った。

「心配しないで、ブルーベル」
正一の手が、ブルーベルの髪にぽふんと置かれた。

「歴史ある宗教の経典は、だいたい例え話と謎かけと、正真正銘意味不明だらけだから」
「…………」

にゅーっ!とブルーベルは叫んだ。
「やっぱり、イジワルじゃないのーーーっ!!」
「あはは、そう思えるよね。でも違うんだよ」
「どのへんちがうのよっ!」

叫んでから、ブルーベルは正一の顔を見つめた。
……入江、笑ってくれた。

「どうかしたかい?」
「ど、どうもしないわっ」
「うん。どうかしたんだね。じゃあ、何が違うかって言うと」
「にゅーっ!入江サラッとかくしんもってスルーしたでしょーっ!!」
「……君がそう言うのなら、僕は訊いた方がいいのかな。どうしたの?」

う、とブルーベルは詰まった。スルーしたと怒ったのは自分の方だ。

「……そのほうが、うれしいの」
「その方が…?」
「入江が、頭ぽんぽんして笑ってくれたんでしょーっ!!ブルーベルはね!!入江が悲しそうなのより、入江が笑っててくれる方が、ずっとうれしいのよっ!!!」

言ったわ…!今のは、かなり死ぬ気でがんばったわブルーベル!!

「……ありがとう、ブルーベル」
「ど、どういたしまして、だわ」
「僕も、君が笑っていてくれると、嬉しくて、…幸せだよ」
「にゅにゅーーーっ!!入江、おとなのよゆうで、うれしいのつぎに幸せとかくっつけたころしもんくーーー!!!」
「あはは、でも本当に幸せなんだよ」

正一が、ブルーベルの火照った頬にそっと唇を寄せた。
……ブルーベルも、しあわせで、どきどき、するのよ。
 

[ 51/100 ]

[*prev] [next#]
[図書室67]
[しおりを挟む]


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -