02

私は、長い間、ここにうずくまってる。
もう、だいぶぼんやりしてしまって、覚えていることの方が少なくなってしまったかもしれない。

どうして、ひとりはイヤって泣いたのかな…

「さびしい」から…?
さびしい、って、どんなきもち…?

「かなしい」から…?
かなしい、って、どんなきもち…?

知ってる、そう思うのに。
私の気持ちも願いも、私を閉じ込めるかみさまの青いバラの向こうに、手が届かない遠くに行ってしまったような気がして。

でも、思い出せない方が、いいのかな…って思う。

思い出したら、-------はまた、泣いて叫んで……

……いまの、なに…?

(-----を、ここから、出して)

それ…私の、名前…?
……おぼえて、ない。

だって、いらなかったから。
ずっと、私の名前を、呼んでくれる人なんて、いなかったから。

あの、真っ黒なかみさまが、私を許さないって、ひとりぼっちで生きろって、閉じ込めたから。


(------- っていうから!!きれいな、あお!!のお花だとおもってたのにーーー!!!)
(そう?僕は綺麗で可愛い花だと思うけどな)

(きれいだけど……あおじゃない)
(そうかな。紫より、青に近いと思うけど)

(ほら----だって、むらさきって言ったーーー!!!)


私…今、大事なこと…思い出した。

私が、名前を呼ばれなくなっただけじゃ、ないんだわ。
私の方も、誰かの名前を、一所懸命に呼んでいたことがあるのよ。

幸せな気持ちで、呼んでいたことが、あるのよ。

それなのに、私はここに閉じ込められていたから、とてもとても長い間、そのひとの名前を呼んであげていないのよ。

-----は、私のこと、とても大切に想ってくれて、私と同じ名前の花を、見せてくれたのに。
いつも、優しい春のおひさまみたいに、-------を呼んでくれたのに。

あのひとは、青じゃないわ。
-----は、緑なの。木漏れ日が差し込む、森の緑の瞳で笑ってくれるの。

ふたりで、約束したのよ。
-----は、私に…

(ただ、僕の名前を呼んでくれればいいよ。そうしたら、僕は君を助けに行くから。必ず、君を守りに行くから)


あ…

私、まだ、涙なんて、残ってたんだ……

-----は、私のこと、助けてくれるって、守ってくれるって、約束してくれたのよ。
私が、いつ、どこにいたっていい。
ただ、「名前」をよぶだけで、それだけでいいって。

私にとって、その名前は、私自身の名前よりも、大切な名前。
思い出したい。…思い出さなきゃ。

助けて欲しいからじゃ、ないわ。
大切な名前だから。私も、そのひとに約束したことがあって、その約束を守らなきゃいけないから。

だから、絶対に、私はそのひとの名前だけは、消してしまってはいけないのよ…!

約束、したんだもの。
-----は、まるで全ての幸福と光を諦めたように、ひとりで遠いどこかへ去って行こうとしていたから。
だから、私は……

「……っ、…い、…り、え」

約束、したの。

「入江…!」

私は、叫んだ。

「ぜったい、------は、入江をひとりになんかしないんだから!!」

泣きながら、叫んだ……いりえ、って…


「……遅れて、ごめんね」

優しい、柔らかい声に、私は顔を上げた。
青いバラの向こうに、緑の瞳の男のひとがいることに、気が付いた。

「捜していたよ。<神様のバラ>に閉じ込められていたから…僕の力が足りなくて、君を見つけ出せずにいたんだね」

柔らかい、優しい声。
「僕の名前を、思い出してくれて、ありがとう。呼んでくれて、ありがとう。君に逢いたかった。ずっと…逢いたいと思っていたよ」
「……名前…。入江……?」
「そうだよ」

知ってる。私は、このひとを、知ってる。
ふわりとした赤茶の癖っ毛で、眼鏡の向こうはきれいな緑の瞳で、おひさまみたいに、優しく笑ってくれるの…いつも。

「君を、助けに来たよ、ブルーベル」

(ブルーベル)

そのひとは…入江は、呼んだ。私のこと、ブルーベルって。
春を告げる花と、同じ名前……ブルーベル。

「…っ、ダメよ、入江!!」
「ダメじゃないよ。君に届くのには、こうするしかないんだから」
「入江が、いっぱい怪我しちゃうわ!!入江が…入江が、血を流すのは、ダメなのよ!!」

入江の血の赤だけは、いけないの。
入江はブルーベルを守るって言ってくれたけど、ブルーベルだって、入江のこと、血の赤から守ってあげなきゃならないのよ。

ほかの人間を何人犠牲にしたって、またあの真っ黒な神様から、ブルーベルが悪いんだって、許さないって言われたって、ブルーベルは入江だけは血の赤から守らなきゃいけないのよ。

それなのに、入江は青いバラをかき分けて、ブルーベルの方に来てくれる。
かみさまのバラのとげは、入江も許さないんだって、入江の肌を切り裂くのに。入江は、その傷から血を流すのに。

人間が、憧れて、憧れて、交配を重ねても色素や遺伝子を加えても、それでも青紫にしか咲けなかったバラを<青バラ>って呼ぶ。
青紫のバラだって、とてもきれいなのに、いい香りがするのに、それでもまだ人間は求め続けてる。

……かみさまだけの、青いバラを。

「ダメよ!かみさまだけのバラだもの。人間を許してはくれないのよ!!」
「……そうかもしれないね」

ブルーベルが知ってる、優しい笑顔だった。
ブルーベルが知ってる、ブルーベルよりも大きい優しい手だった。

その手が…ブルーベルに、届いた。

「僕は、神様に、許されなくてもいい」

入江は、傷だらけの腕でブルーベルを抱きしめてくれた。
……あったかい。ブルーベルはもう…ひとりじゃない。

「ひとつ、教えてあげるよ、ブルーベル」

入江が、ブルーベルを、抱き締めてくれる。

「人間を許すのは、人間なんだよ」


ぱぁっと、光が、弾けた。



 

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