02

周囲の子どもは、青い目は絵本で知っていても、青い髪は知らない。
そして、幼稚園の送迎で現れる母は、特にお洒落でもなく染めたことの無い髪の毛は黒で目も黒い、いかにも普通の日本人。

あまりにも珍しい青い髪を、放っておけない子どもはやはりいた。
最低なことに、母さんに対しては、周囲の母親達から「染めているんじゃないか」と陰口も言われていたらしく、これでは子どももブルーベルに何かは仕掛けたくなるのに決まっている。

君は、幼い頃に怯えて無抵抗だった僕とは違って、果敢な子だった。
言葉の暴力を、はね返す力を持った子だった。本当は、傷付いていただろうに、誇り高い君は、涙を選ばなかった。

でも、懸命に自分自身を守ろうとした君を、「密室」は許さなかった。
ほかの子どもの言葉の暴力は許され、君の行動だけが暴力と見なされた。

幼稚園の先生の理想は、「絶対に殴ったり蹴ったりしちゃダメよ」。でも「どちらも悪かった」から「どちらもごめんねって謝って」仲直りをして、「みんなで仲良くしようね」。

……という、一見公平なようで、全く公平とはかけ離れたものだった。

生まれつきの髪や目の色を、けなされるという残酷に、やり返したからといって、どうして「ごめんね」などと言えるだろう?
母の「本当の子じゃない」と他人からはやし立てられる、それでどうして「ごめんね」と言えるだろう?

その悔しさと悲しみに、君は我慢に我慢を重ねて、何度かついに爆発して、それは殴る蹴るという報復になった。
その度に、母は幼稚園から呼び出されて、「暴力を振るわれた側」の親に謝罪をさせられた。悪かったと、頭を下げた。

……母がその度に隠れて泣いていたことに、君は気付いてしまった。


(わるいから、あやまるのよ)

(ブルーベルは、わるいこなの?)


違うよと、芸の無い科白で慰めることしか出来ない僕も辛かった。一歩家を出てしまえば、僕の手が届かないという自分の無力が。
赤ちゃんの頃に、君は覚えていなくても、守ってあげると僕は約束したのに。

ある日、たまたま僕が学校行事の代休という日に、幼稚園から例の電話がかかってきた。
母は顔色を変えたけれども、僕が迎えに行けばさほど責められることもないだろうと、僕が行くことにした。

あとで、君にどうしてショーイチが来たのかと聞かれて「母さんは出かけていたから代わりに」と言ったのは嘘だ。

母さんに無理なら、僕が君を必ず守ってみせると思ったから。

そして、僕は絶対に君が「ごめんね」と謝ることはないんだって、君の心も守りたかった。

いずれ社会に出れば、不本意でも理不尽でも、いくらでも頭を下げなければならないことはある。
でも、今の君はまだそれを学ぶ時期じゃないんだ。

まだ幼い君は、「必ず守ってもらえる」という安心と信頼を覚えるべきなんだ。そのことが、いつか君の支えになると、僕は信じた。

母は、僕を慈しんで育ててくれたけれども、苦しみながらも守ろうとしたその手は、届かなかった。
だから、僕は絶対に「誰も助けてくれない」だなんて、幼い頃の僕が覚えた痛みを、君に教えたくはなかったんだ。


「…ブルーベル!」


やっと、僕は君に辿り付いた。

「ブルーベルに同じことをするのなら、僕は赦しません。覚悟をして置いて下さい。……証拠がありますので」


「……ショーイチ」
「何だい?」
「せいぎのみかたなのか、あくどいのかわからないわ……」
「どっちでもいいよ。僕は、ブルーベルを守りに来たんだから」

……悪でもよかったんだよ。
きっとこれからも、僕は君を守る為なら手段を選ばないんだから。

いつか、君が僕以外の誰かを見出して、自ら僕の手を放して駆け出してゆく、その日まで。

「でもね…。ブルーベル、あいつらのいうこと、ちょっとはあたってるって、しってるのよ」
「え…?」
「ブルーベルは、ひとりだけ、ちがつながってないわ。しゃしん、みつけちゃったの。あおいかみじゃなかったけど、きんぱつにあおいめのおんなのひとが、あかちゃんのブルーベルをだっこしてて、そのとなりに、たぶんブルーベルのおとうさんがいるの。……そうでしょ?」

それは、いつか僕が、君を抱き締めてあげられなかった理由だった。

「しゃしんがなくても、わかるわよ。ショーイチは、いろがうすいだけのにほんじんだけど、ブルーベルはいかにもがいこくじんよ。なまえだってそうよ」
「…………」
「だから、ブルーベルは、かぞくで、かぞくじゃないの……」

やっと、君を、心ごと抱き締めてあげられるね。

「それは違うよ、ブルーベル。確かにね、君の言う通り、ブルーベルと血が繋がったお父さんとお母さんは、事故で亡くなってしまったんだ。でもね、僕と一緒に育ったブルーベルは、ちゃんと僕と家族だよ。ブルーベルには、ふたりのお父さんとふたりのお母さんがいて、みんなブルーベルの幸せを願っているんだ」

知って欲しい。覚えて欲しい。
君は愛されているんだって。

家族の誰もが君を大切に思っていて、外でどんなに辛いことがあっても、君には必ず帰る場所があるんだって、信じて欲しい。


「…でも、アキコはおねえちゃんだけど、ショーイチはおにいちゃんっていってあげない」

僕は、少し驚いた。この流れで、君が急にそんなことを言い出したものだから。

「そう」
「にゅっ!はんのううすっ!!」

ああ、やっぱり「あのこと」を君は覚えていて、だから今でも僕は君のおにいちゃんじゃないのか、って。

「僕は、多分理由を知っているから」
「な、ななななんのことよぅっ!」
「……ブルーベルが年少さんになったばかりの頃かな。ブルーベルと姉さんが喧嘩してたんだよ」

「ブルーベルがね、“おにいちゃんとけっこんする!”って言ったら、姉さんが“きょうだいは結婚できないよ”って返事をしたものだから、君はおねえちゃんなんかだいきらいって、泣いて怒ったんだよ。姉さんは、私は正一と結婚するなんて有り得ないもんねーとか言うし、散々な言われ様だなあって、自分の部屋で聞いてたんだよね」
「ショーイチぬすみぎきっ!?」
「あれだけ大騒ぎしてれば、聞こえるよ。それからだね。ブルーベルは、僕のことをおにいちゃんて呼んでくれなくなった」

僕には微笑ましい想い出だったんだけど、自転車の後ろの席の君が黙ってしまった。
小さい子なりに真剣なことで、今もそうなのかなって、僕は幼い頃の姉の誤りを訂正してあげた。

「民法734条1項。直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない」
「にゅにゅーーーっ!!ショーイチうちゅうごをしゃべんないでよっ!ここはちきゅうなのよっ!?」
「あはは、つまりね、この法律は、血が繋がっているきょうだいは結婚できないけど、繋がりのないきょうだいなら結婚できるって言っているんだよ」

また、黙る君は、どんな表情をしているのかな……素直な君は。

「ブルーベルが大人になって、僕がブルーベルと結婚したいって言ったら、父さんも母さんもびっくりするんだろうな」

……もし、君が僕の手を放さないと決心する日が来るなら。
僕はずっと、僕も放したくないと、守りたいと思うはずだから。

「にゅにゅーっショーイチおもわせぶりー!ばかーーー!!!」
「でも、今自転車漕いでるし、後ろ向いてプロポーズはダメだと思って」
「……ブルーベル、ちっちゃいわ。ようちえんじよ」
「いつか大人になるよ。それまでの間に、君が誰かを好きになって、僕が振られなければいいんだけど」
「ふらないわよっ!!ブルーベルは、いちず!なのよ!!」
「じゃあ、自転車を降りたら、ちゃんと言うよ」

自転車を漕ぎながら思う。
駐輪場でプロポーズ?これはこれで、君は「ろまんちっくじゃないわっ!」って言いそうだけど。

「ねえ、ショーイチ」
「何だい?」
「ブルーベル、あおいめで、あおいかみで、よかったわ」

その言葉に、僕は初めて実感できたような気がした。
血が繋がってなくても心は繋がっているんだって、信じることを覚えた君は、本当に一歩大人への道へと進んだんだって。

いつか、僕は過ぎ去った日々を振り返って、君が大人になるのはあっという間だったのだと思うのかも知れない…と思った。



 --------------



そして今、僕はバージンロードの上で、16歳の花嫁の訪れを待つ。






〜Fin.〜

 

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