01

 
君は覚えていない。
君が、僕と出会った日のことを。

でも、君の代わりに、僕が覚えておくよ。
小さな君と過ごした日々を。

僕の父さんの大学時代の親友が、イギリスからの留学生だった。彼には故郷に恋人がいて、彼女を呼び寄せて結婚し、日本に定住することになった。

家族ぐるみの付き合いだったから、僕も君の両親、そしてお兄さんとお姉さんを覚えてる。
……その一家が交通事故で亡くなって、葬儀に出席した日のことも。

まだ幼かった君だけが、奇跡的に軽症で生き残って、僕の家に引き取られてきた日のことも。

君の両親が日本を第2の故郷に選んだのは、大学時代を過ごした日本を好きだったことと、もうひとつは故郷のイギリスには身寄りがなかったということもあったのだそうだ。

だから、日頃親しくしていた我が家に、君を3人目のこどもとして迎えることになった。

僕は、初めて赤ちゃんだった君を見たときに、とても不思議に思って、でも仲良くなれそうだと思ったんだ。

君の銀色のふわふわした髪は、透き通る青を宿していたから。

君と出会った頃の僕は小学生だったけれども、赤ちゃんの頃の僕は、金茶色の髪と、青い目をしていたんだそうだ。
白人でも、金髪碧眼の子どもが、成長とともにブラウンの髪と瞳に変わっていくことがよくあるらしくて、僕のお母さんはそのような経過を願ったんだけど、……そうはならなかった。

僕は、色素が増した今でも、赤茶色の髪と緑の目をしてる。

君は、どんな子になるのかなって思った。
いじめられないといいな。…僕みたいに。

……ううん。僕が強くなって、この子を守れるようになりたい。
僕は、そう思ったんだ。

小さな、小さな手。
僕が触れたら、きゅっと握り返してくれたのが、僕は嬉しかった。
守ってあげるって約束するよって、僕は君のふわふわした髪を撫でた。

君は活発な赤ちゃんで、ハイハイを覚えるとあっという間に家中を移動するようになった。
当然だけど、家に一番居る時間が長い母さんに懐いて、ちょっとでも姿が見えなくなるとギャン泣き。

僕も姉さんも赤ちゃんの頃に後追いはあったけど、ここまで酷くはなかった、ろくに家事も出来ないしトイレにさえ行きづらいと、疲れ果てる母さん。

その、強烈にギャン泣きする君を、学校から帰ってきて面倒を見るのが僕だった。
やっぱり僕じゃダメで、思い切り泣かれてしまっておろおろした僕だけど、一所懸命抱っこしたり遊んであげたりした。

そんな日々を過ごすうちに、だんだん僕にも懐いてくれた君。
その代わりに、僕が学校に出かけてゆくときにも、ギャン泣きされるようになった……

少しずつ成長してきた君が、初めて覚えた言葉は「ママ」。2番目は、「にーちゃ」だった。

お母さんにはかなわない。僕は、2番目でもとても嬉しかったんだ。

そして、成長してくれば、はっきりしてきたのが君の青い髪。
とても珍しくて、原因はわからないんだけど、お医者さんに連れていっても特に病気は見つからないって言われた。

それでも、母さんは、僕が幼稚園の頃や小学校低学年だった頃の事を思い出して、とても心配した。いじめられるんじゃないか、…って。

僕も、そうだろうと思っていた。
人間は、個性の範囲を逸脱したものを、異質という異物のように扱う生き物だから。

でも、君の両親は、素敵なひとたちだったのだと僕は改めて思った。
君の両親は、君の異質を異質ではなく、君の個性として、心から愛した。

……ブルーベルという、青を冠した故国の可愛らしい花の名を与えたほどに。

だから、託された君を、守ってあげたい。
それは、僕も母も思っていたことだけれども、とても難しいのだと思い知ることになる。
……思い出すことになる。

僕もかつて、異質を理由に幼い頃から社会に虐げられたのだということを。

母さんはその頃専業主婦だったから、2歳まではいつも君の傍にいてあげることが出来た。
でも、3歳になって幼稚園に送り出した途端に、君は「密室」へと連れ去られる。

もしかしたら、家庭に代わって育てるという保育園なら、まだ良かったのだろうか。
でも、幼稚園は法律で定められた歴とした「学校」だ。学校に託してしまえば、その中で何が起こっているのか、分からない。

小学校になると更にそうだ。
中学校になれば、教科担任制で、クラス担任さえ自分のクラスを把握できない世界へ、僕の手の届かない密室へと連れ去られる。

僕は、君を、どうしたら守って生きていけるのだろう…?


君が、幼稚園に入園して、しばらく経ってのことだった。

「ブルーベルはね!おにいちゃんのおよめさんになるの!」

リビングからそう聞こえてきて、僕は微笑ましいと思った。
……でも、多分お父さんは黙ってショックだろうな……世の中「パパと結婚する!」はよくあることらしいんだけど、我が家では、その名誉ある座は僕に回ってきたらしい。でも、

「それムリよ?きょうだいは結婚できないんだからー」

という、さらっとぶった切る姉さんの声。

「するもん!できるもん!!おにいちゃんは、ブルーベルにいちばんやさしいもん!!」
「だ〜から。優しいのは妹だからでしょ。お兄ちゃんと妹は結婚できないんだってば」

僕は、溜め息を吐いた。
姉さん…ちっちゃい子の言うことなんだから、無難に「そうだね、ブルーベルなら可愛い花嫁さんになれるよ」……辺りにしておけばいいのに。

「にゅにゅーーーっ!!おねえちゃんダイキライーーー!!!」

うわあああん、と盛大に君の泣き声。お母さんが、おねえちゃんなんだから、泣かせちゃダメでしょと言い出して、姉さんは姉さんで、どーして私が年上だからっていつも私が悪いことにされるのよ!!
……と叫んで、何だか余計にこじれた……

あのとき、僕がリビングに行って、ブルーベルを抱き上げて、姉さんの代わりに「可愛い花嫁さんになってね」とでも、それこそ無難なことをお兄ちゃんらしく言ってあげればよかったんだろうか。

……そうなんだろうけど、当時の僕は「言ってはいけない」と思ったんだ。
だって、僕は、姉さんとは違って本当のことを知っていたから。

「血の繋がらないきょうだいなら結婚できる」…ということを。

僕もその頃中学生で、だからあまりにも真面目に考えすぎてしまったんだろう。
「結婚できるんだよ」と教えてあげることは、「僕と君は血が繋がっていない」……君は養女なんだよと、幼い君には厳しすぎる現実を突き付けてしまうと、深刻に葛藤してしまったんだ。

きっと、「パパと結婚する!」と言われたお父さん達は、可愛い娘だと「そうだね、結婚しようね」って、娘が小さいうち限定の幸せなひとときを過ごすのに。

そんな余裕を持たなかった僕は、君と血が繋がっていないという事実に動揺して、泣いている君を抱き締めてあげられなかった。

その後、「おにいちゃんのおよめさんになる」とは、君は二度と言うことはなかった。
「だいきらい!」と言い放った姉さんに、何事もなく仲良く遊んでもらった。

ただ、ひとつだけ変化があった。
君は、僕をおにいちゃんと呼ぶことをやめて、姉さん曰く生意気に「ショーイチ」と呼ぶようになった。

母さんが「おにいちゃんでしょ」と窘めても、君は頑固にぷいとそっぽを向いて、時には「ショーイチなのっ!」と派手に癇癪を起こすものだから、僕の呼び名についてはそのままになった。
それに、ショーイチと呼んでも、君は特に僕に対して反抗的に振る舞うわけじゃなかったから、呼びたいように呼ばせておいた方が家の中は平穏だ。

でも、君を巡って、違う形で平穏で平凡な幸福に、影が差し始めた。

やはり、理由はブルーベルの異質性だった。
 

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