02

広大な基地の中に、広大なサンルームがある。
花好きな白蘭が設けたスペースで、ブルーベルは時折此処を訪れる。花にはたいして興味はないが、たまに白蘭がここで寛いでいるので捜しに来るのだ。

「…そう。死ねないのが悩みなんだ」
「うん…ぼくチン、マーレリングと匣兵器をもらったら、死ねなくなった」

顔を斜めに引き裂く傷跡。
きっと、殺されかけたこともあるし、自死を試みたこともあるのだろうと、正一は思った。

「死ねないのは、つらい?」
「……わかんない」

ブルーベルは、微かに聞こえてきたそのやり取りは、デイジーと正一のものなのだと気付いた。

「じゃあ、死ぬのは怖い?」
「……怖い」
「僕も怖いよ」

ブルーベルがそっと覗き見すると、やはりデイジーと正一がベンチに座っていて、正一の横顔は優しかった。

「…人は、死ぬよ」

正一は、静かに言った。
「この花と、同じ」

デイジーの手には、枯れ果てた小さな花があって、それは枯れるだけでは済まずに、炭のように黒ずみ、ボロボロと崩れ落ちた。

「時間の差はあるけど、花も人間も、同じ。みんな、土に還るんだ」

正一は、別の小さな花をその手に摘んだ。その花は、既に萎れかけていた。
「こうして摘んでしまうと、もっと花の寿命は縮まってしまう。種を残すような種類の花なら、子孫を残すことも出来ずに命を失ってしまう。でもね…」

リングをした正一の手に、ふわりと晴属性の黄色の炎が灯る。確かにそれは、戦闘に燃えさかるような激しいものではなく、透き通る光のような炎だった。

「晴属性の炎はね、こうして少しだけ、命を分けてあげることが出来るんだよ」

正一に摘まれた花は、萎れかけていたというのに、もういちどゆっくりとみずみずしさを取り戻し、蕾から咲いたばかりの花のように綺麗に咲いた。

(まほう、みたい…)

ブルーベルは、声もなくその様子を見ていた。
「この花はいつか枯れてしまうけど、ほんの少しだけ、命を伸ばしてあげることは出来るんだよ」

晴の炎の「活性」だ。
この力は、実際に植物の栽培に向いていると聞いたことはあったけれども、実際にこの目で見たのは初めてだ。ブルーベルが戦場で出会うのは、日輪と呼ばれるほどの激しい戦闘家ばかりだったからだ。

「ぼくチン…できないよ。お花は、全部枯れるから」
「やり方を知らないだけだよ。…多分、マーレリングの力が全部君のからだを強く巡り過ぎていて、周囲のものの生命力まで取り込んでしまうからじゃないかな」

正一が手を添えたまま、花をデイジーに握らせる。
「与えたいと、君が祈るだけでいいんだよ。綺麗に咲いて欲しいって、咲かせてあげるよって、心の中で語りかけてあげるだけでいい。そうすれば、君が触れた花は枯れないよ。沢山ある君の力の、ほんのひとしずくだけで、この花には十分なんだから」

そう言って、そっと正一の手が離れた。
「…咲いてる」
「ほら、出来るだろう?……でも、君の力は、もっと綺麗なことが出来るみたいだね」

広大なサンルームの、花という花が蕾を開き、どんどん咲き誇ってゆく。

「……すごい。きれい」
「君の力だよ。僕は、何もしていない」

正一は、ほころぶ花のように笑った。
「ほんの少しの力だけで、君はこれだけの命を輝かせることが出来るんだ」

しばらく、デイジーも正一も、黙ってそこにいた。
美しく咲き誇る花の中で。


「…ちょっと!デイジー!!」

ブルーベルはつかつかとふたりに歩み寄った。
「ここは、びゃくらんのお庭よ。何勝手な事してるのよ!叱られるわよっ?」

デイジーがびくっとした。
どうやら、力関係としてはブルーベルの方が格上らしく、察した正一はデイジーに言った。

「デイジー。その花は花瓶には小さいから、コップに水を入れて生けておくといいよ。…白蘭サンには、僕が言い訳しておくから、心配しないで」

デイジーが花を手にこそこそした足取りで言ってしまうと、ブルーベルは正一を睨み付けた。
「何で、あんなことデイジーに教えてんのよ。デイジーはびゃくらんの言う通りに戦ってればそれでいいのよ!!」
「……それは、君が決めることじゃないよ」

正一の声は穏やかだったけれども、確固とした意志を感じさせて、真っ直ぐに見つめる緑の瞳に、ブルーベルは怯んだ。

「デイジーの幸せは、彼自身が決めることだよ」
「…っ、うるさい!!びゃくらんが決めるのよ!!びゃくらんの役に立たないデイジーなんて死ねばいいんだ!!」
「……そう。君の幸せは君自身じゃなくて白蘭サンが決めることで、白蘭サンの役に立てないなら君は死ねばいいのかい?」

ブルーベルは、怒りの余りに目の前が真っ赤に染まったような気がした。
大嫌いで醜い、血の色だ。

「うるさい!うるさい!!うるさいッ!!!あんたが死になさいよ!!!」

ブルーベルが小さな手からゴゥッと竜巻を起こしかけたとき、その手首をひょいと背後から掴まれた。
「誰よっ!ザクロの電波っ!?」
「ハズレ♪」

ブルーベルは、はっと振り返った。
「…びゃくらん」

どくん、と重苦しく心臓が鳴った。
「ね、ブルーベル、正チャンに何をしたのかな?」

ブルーベルに語りかけた白蘭の声はいたずらっぽく、にこりと笑っているのに、体が凍り付く。今、自分は白蘭の「親友」を殺しかけたのだ。

「…僕が、怒らせてしまったんですよ。白蘭サンの庭をだいぶ弄ってしまったので」
「そうだねえ。ずいぶん派手に咲かせてくれちゃったじゃない?」
「華やか、と言って欲しいです。…僕がデイジーに花の咲かせ方を教えたら、加減がわからなかったみたいで、どれもこれも咲いてしまったんです」
「へえ…」

白蘭の手が、ブルーベルの手首を離した。
「どうして教えたの?」
「自分が触れる花という花が枯れてしまうのが悲しい…というのは理屈じゃないでしょう?デイジーが此処の花を全部咲かせても、彼の力は1万分の1も削がれていません。別に構わないでしょう?」
「あはは、正チャンらしく優しいね」
「同じ晴属性なので、彼ともいい友人になれるかもしれません。…そういう訳なので、花を咲かせたデイジーも、怒ったブルーベルも、叱らずにいてくれませんか?白蘭サンが怒りたいのなら、元凶は僕なので僕が引き受けます。…って、また僕の頭をわしゃわしゃしないでくださいよ」

白蘭は、可笑しそうに笑った。
「元凶とか、捻くれた言い方正チャンらしいなあ」
「僕は捻くれていません。白蘭サン曰くバレバレにバカ正直でしょう」
「アハハッ、僕は正チャンのそーゆーとこが好きなんだよ」

白蘭が、親しげに正一の肩を抱いて歩き出す。
「お茶タイムにしよーよ」
「白蘭サンの場合、甘味タイムでしょう」
「もち、美味しいケーキをどっぱり食べちゃうもんね」
「僕はコーヒーだけでいいです。どっぱり食べて糖尿病になりたくないので」
「えー?正チャンは頭脳派でしょ?糖分って脳にいいじゃない」
「ケーキって糖分+脂肪分でしょう。僕は、白蘭サンがマシマロ3つ分けてくれれば十分です。それから、日本人はむやみにベッタリしませんってば」

正一は、白蘭をべりっと剥がすと、ブルーベルを振り返り、にこりと笑った。
「おいでよ、ブルーベル。いつも、真6弔花はみんな集まるんだろう?」

ブルーベルは、カッと頬が火照った。
こんな奴に、「気付いてもらった」なんて、体が震えるほどの屈辱だ。

白蘭が、変わってしまった。デイジーまで。

(デイジーの幸せは、彼自身が決めることだよ)

あんたが…!あんたが、ブルーベルの幸せを壊すんだ。
せっかく、びゃくらんがブルーベルを幸せにしてくれたのに、ブルーベルはびゃくらんを選んだのに、あんたが来た所為で…!!

でも、敵わないのかも知れないと、考えたくない考えが、脳裏をよぎった。
正一は、何年も白蘭の傍にいたのだ。親友だったのだ。

いずれ裏切ると知っていたのに白蘭は正一を殺すことはせず、正一も裏切るタイミングを計る為にスパイをしていたはずなのに、その使命を捨てた。

ブルーベルが知らない、ふたりが何年も親友と呼び合った日々。ふたりを繋ぐ絆。

白蘭と正一の後ろ姿が遠ざかっても、ブルーベルはそこに立ち尽くしていた。
「あんたなんか要らない、邪魔よ…!!」

吐き捨てたはずの声は、自分が思うよりずっと小さく、頼りなかった。
 

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