01

 
大学卒業を機に、結婚した。

経済的に親に頼っている状態で何を言っているのかと父には反対されたけれども、身内を亡くしているスパナにこれ以上寂しい思いをさせたくない、そして必ず自分が幸せにすると正一が粘って、ささやかな式を挙げた。

婚約指輪は、結婚指輪と合わせて20万円。正一がプロポーズを決意して1年の間にアルバイトをして、生活費を抑えてコツコツ貯めていたお金で買ったものだ。
小さなダイヤモンドと飾り気のない結婚指輪だけれども、スパナはとても嬉しいと笑ってくれた。

新婚旅行も、国内の温泉旅館。
それでも、いいお湯で温まって、正一のアパートの部屋よりも広い8畳の和室で、仲良く布団を並べるだけで、やはりスパナは幸せだと笑ってくれたのだし、正一もそんなスパナの笑顔を見ているのは幸福だった。

小さな、でも掛け替えのない幸せ。

「愛してるよ、スパナ」

正一は、照れてぎこちなくなったけれども、スパナを抱き締めてキスをした。

日本人の正一とイタリア育ちのスパナというカップルでは、どうしてもスパナの愛情表現の方が熱烈で頻回になってしまい、正一はスパナを心から愛おしく想っているのに、スパナを寂しくさせてしまいがちだった。

(すきって想ってるの、抱きしめてって想ってるの、キスしたいって想ってるの、ウチだけ…?)

(そ、そんなことないよ!僕だって、いつも君と一緒にいたいって思うくらい、君の事が好きなんだ)

(じゃあ、今からベッドインしたいと思ってるのはウチだけ?)

(…………)

スパナは寂しげな上目遣いで、そして素晴らしく色っぽくて、正一は脳天に何かを食らった気分になったが、真っ赤になりながらもスパナを抱き締めた。

(僕は…君が、欲しいよ)

悲しませたくない。笑顔でいて欲しい。その笑顔を守って生きていきたい。
今、ふたりの薬指には、お揃いの結婚指輪が光る。

「正一、今日はウチ先に帰るけど、いい?」
「いいけど、どうしたんだい?」

同じ研究室の修士課程のふたりは、一緒に大学に来て帰りも一緒のことが殆どなので、珍しい。
「ウチ、今日はちょっと豪華めの夕食作りたいから」

期待してて、とスパナは笑う。
正一は、嬉しいと思いながらも、少し悪いなと思ってしまった。

家事がスパナに偏っていて、料理は完全にスパナだからだ。いくら正一が不器用だからといって、同じように大学生活を送っていて、きっと将来は技術者として共働きになるのに、夫が妻の家事を「手伝う」というレベルなのは時代遅れで、何より不公平だと思うのだ。

(ウチ、正一の奥さんだから)

笑ってくれて、朝食も夕食も、そして時折学食に頼らずにお弁当まで作って貰えるだなんて、大学の友人は出来た嫁だ羨ましいと言うけれども、少し申し訳なくて、手際の悪い自分が情けない。

「僕…甘えてるよなぁ…」

日が暮れた帰り道、自転車を漕ぎながら呟いた。
結婚するのだから、頼られる夫になろうと思ったのに。甘えん坊のスパナを甘えさせてあげたいと思っていたのに。

「ただいま、スパナ」
ドアを開ければ、いい匂いがする。スパナが美味しい夕食を作って待っていてくれたのだろう。

「おかえりなさい、正一」

花のような笑顔。

「ごはんがいい?お風呂がいい?…それとも、ウチ?」
「…………………………………」

フリーズしている正一の前で、スパナはにこりと笑った。
「これ、日本の奥さんがダンナさんに言う3択だろ?いっぺん言ってみたかったんだ」
「それなんて昭和…」

……とは、正一は言わなかった。取りあえず、尋ねた。

「えぇと…3択だから、選ばなきゃならないんだよね…?」
「ウン。ウチ全部用意してあるから、どれでも正一が好きなの選んで欲しい」

正一は、悩んだ。
本当に、どれでもいいのだろうか?スパナはどれでもと3択にしたが、本当なのだろうか?実は、スパナが3つのうちどれかひとつを期待している答えがある、という可能性もある。

スパナは、贅沢めの食事を作りたいと先に帰ったのだから、「ごはん」だろうか?
それとも、新婚らしく「君だよ」と抱き締めてキスをして、いそいそと布団を敷く(新居では寝室はベッドではなく畳に布団だから)のだろうか?

……それは、かなり恥ずかしい!

正一は、無難に答えた。
「えぇと…頑張って作ってくれたみたいだから、ごはん……冷めたら悪いし」
「…………」

心なしか、早めの帰宅までしてごはんを作ったにしては、スパナはしょんぼりしているように見える。
「じゃあ、待ってて。ちゃぶ台に運ぶから」

正一は、焦った。やはりここは、新婚の王道で、「君だよ、スパナ」と精一杯甘く答えて布団を敷くべきだったのだろうか!?

「あの…っ、スパナ!実は僕、遠慮して“君だよ”って言いたくても言えなかったんだけど、君を待たせたくなくて思いきり自転車飛ばしてきたから、汗臭いと思う。それでもいい?」
「つまり、お風呂だな。ちゃんと沸いてるよ…」

しょぼん。

あああああ!!

正一は、思い切りスパナを抱き締めた。
「君がせっかく作ってくれたごはんと、沸かしてくれたお風呂が冷めてしまっても、僕が汗臭くても、かなり恥ずかしいけど僕は一番君が欲しい!!!」

思い切り、深いキス。いかにも君が食べたいです的なのがバレバレな感じに。

キスを終えると、スパナはとろんとして、潤んだ青い瞳と色っぽく濡れたピンク色の唇で尋ねた。
「正一、どうしてウチ…?」
「き…君が、僕の可愛い奥さんで、僕が君を好きだからだよ!!」

僕なりに、頑張って愛を叫んだと思う…!のが、やっぱり日本人の僕には恥ずかしい、と思いながら、正一は靴を脱いで中に上がると、ぐいぐいとスパナの手を引いて寝室に入った。

……既に、ふたつ並べられた布団。

敷く手間は省けたけれども、3択のようで実はそうではなかった…!正一は、羞恥心を吹っ飛ばして正解に辿り着けたことに全力で安堵した。

「どうしかしたか?正一」
「……ひと組でよかったんだけどな」

正一は、やっぱり恥ずかしいと思いながら、スパナを布団へと導いた。

「ごはんより先に君を食べるのなら、今はひとつの布団しか使わないだろう?」

見下ろせば、スパナの頬が綺麗に染まっていて。
正一はもういちどスパナにキスをして。



…ごはんを食べるのは、甘い甘い君を食べてから。






〜Fin.〜

 

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